〜前の続き〜
何時間歩いたのか 記憶になく
山小屋に着いた時の安堵感
その心 言葉には表せません
一晩 眠り 昼食のおにぎりを貰い
さらに山の上を目指して そして
頂上 なんという山なのかと
鈴鹿山脈の釈迦ヶ岳 藤原岳 鈴ヶ岳
御在所などの山でないことは確か
名前のない処かも 山の頂ではなく尾根
それから元へ戻るのではなく 向こう側へ・・・・・・
お天気は晴れていました でも誰一人いません
山の中 静寂そのもの しかも 何処にも道はありません
どうすると顔を見合わせました でも 目的を達成するためにと・・・・・・
なんと 愛知川の源流を・・・・・・たどろうと・・・・・
水の流れを探しました 道なき道の中 尾根から下りながら
なんて無鉄砲だったのでしょう 女二人で山の中を手探りであるこうなんて
勿論 地図はありません
親が この状態を知ったら なんというのでしょう 泣き叫ぶことでしょう
二人とも 鈴鹿の山へ行くと行って出てきただけ・・・・・・
しかし 今 思い返すと懐かしい 思い切ってあの冒険をしてよかったと思います
流れを探し出し 流れにそって歩きました
道なき道を・・・・川の岸を あちらこちらと渡り歩きながら
川の中にはまらないように 飛び石を踏み歩いたり 濡れた石の上は足を滑らせないようにと
処によっては瀞もありました 今まで綺麗な水が流れていましたのに
急に 濃緑色の水が 流れが止まったように立ち止まって 渦巻いて・・・・・
そこをやり過ごす時は 恐怖のるつぼでした
瀞は多分 計り知れない深さでしょう 落ちたら終わりです
誰も助けには来ないでしょう 声をあげても聞こえないでしょう
山と山の合間 谷間 川幅は次第に少しずつ広くはなりますが
行けども行けども終わりがなきがごとくの道のり
昼食も途中でとりました 静かな流れの前で・・・・・・
川べりで 時折聞こえる鳥の声と 水の流れ以外 なにも音のない世界で
でも 楽しかったです まさに青春謳歌
けれども帰宅が心配になりました どうすれば 地上にあがれるかと・・・・・
帰り道はあるのかと・・・・・・地図なき道 いかに人里へ行き着くか
暗くならない内に 脱出しないと 野宿は出来ない
そんなことを話ししながら 一歩 一歩踏みしめて 歩いていた時
ふと見上げると 上の方で 樹の間から車が走りゆくのが見えた
あっ!と声をあげて喜びました 人間の歩く道がある 人の行き交う道がある
忘れもしません 関西電力の車でした
川べりは 樹が覆い被さり 歩くのが 困難になってきていました
これ幸いと その道へ出るために這い上がりました
崖をよじ登った様なものです 樹にぶら下がりながらですから
ラッキーでした 道路に上がったところは バス停の横でした
バスを 待っていた人が 私たちを見てびっくり 下から 谷底から上がってくるなんて
幸いにも バスはすぐに来ました
途中 紅葉尾 永源寺を通り 八日市駅へ 近江鉄道に乗り 東海道線で無事帰還
近江鉄道は 豊かな田園地帯を 走る列車
車両に誰も乗ってはおらず 私たちだけ
思いっきり手足を伸ばし 幸福感 充実感に浸りました その心地よさに酔いしれました
想いもかけず長き文になりました
娘時代だから出来た冒険です 今ではとても出来ません
でもなんて無鉄砲なんでしょう よくやったと 今更ながら呆れています
闇夜に ふと昔が 甦りました
月のない夜ですが 窓を開けると夜風に乗って 甘い香りがします
金木犀が咲き始めたようで 我が家にはありませんが
ご近所の木犀が 風に乗ってきています
なんとも言えない甘い香り・・・・・心くすぐる甘い香り 秋ですよ〜と
玄関先のペチュニアの改良種が 夏の暑さにくたびれた中
わずかに息吹きかえしたように 申し訳なさそうに少しだけ咲いています
もうあと少しの命ですが・・・・・まるで秋へのバトンタッチまでと・・・・・
金木犀が咲き始めましたから やがて秋も深まりゆくことでしょう
月: 2010年10月
夏の名残りかそれとも・・・・・?
朝から とても爽やか
すこぶる空は蒼く 美しい
お弁当をぶら下げて どこかへ
緑の草原へ 出掛けたい心持ち
見上げる天空は 白い雲が また
時に影を帯びた雲が
そこかしこに居座っている
吹く風は 秋の匂いを忍ばせて
頬をかすめゆくのに
空に群がる雲は およそ秋とは思えず
しかし 空の色 透き通るブルーは
秋の色
夏の名残と秋とが 入り交じり
それでも不思議に 調和が上手くとれ
心の広がりを感じさせる
夏の終わりにしては 遅い季節
いつまでも暑かったせいでしょう
新しい季節との変わり目は
こうしてすべのものが 混在し
凌ぎあい 変わりゆく
10月とはいえ まだ本格的な秋の季節には ほど遠く・・・・・
やがては 秋 まさに秋と成り行く
今頃 何処のススキが
花開きはじめたとか・・・・・・
遅いは 遅いなりに 季節は巡りゆく
今 いっときは サヨウナラ こんにちは の挨拶を交わす時期なのかも
流れる秋雲 うろこ雲 天が 高く 高くなる透明な蒼い空を
待ち望んで・・・・・
青空の下 読書に励むか ゆっくりと音楽を聴くか ピクニックに足を伸ばすか
いずれにしても 季節の移行の音を 心 研ぎ澄まして 受け入れたい
少しだけしか咲きません
爽やかな一日でした
少し涼しくなると 庭のことが
気にかかり 窓から首を出して
眺めています
残念ながら 足が まだ傷んだまま
治ってきていますが
靴が履けないのと 踏ん張れないので
なにも手が出せず 荒れています
それでもセージ・サルビア・ペンタス
などは 元気に育っています
ハーブなどの乱れた姿の中から
顔を出して 存在感を示しています
ガレージ横に植えてある宝塚デュランタが
今年は 何故か思うように咲きません
肥料が足りないのか 暑すぎたのか 理由はよく解りませんが
わずかな花しか 咲きません
まだまだこれから咲くはずですが どうなのでしょうか
この花 原産地は 熱帯アメリカ だそうですから 非耐寒性なのですね
ひどく冷え込んだ冬など 葉が縮んでいますから 寒さには 弱いのでしょう
ちょっと 気になったので調べてみますと なんと肥料切れ 水切れに注意とのこと
成長期(4〜10月)には 液肥を月2回ほどの割合で与えるとよい
この夏 暑くて 庭に出て草木や花たちに 声を掛けませんでしたから
きっとむくれているのかも・・・・・・
何故 宝塚デュランタという名前なのでしょう
デュランタは 人の名前からと聞きましたが 何故 宝塚なのでしょう
一般的には 紫の花で 大きい花と小振りに咲くの花がありますが
紫ではなく 白の宝塚デュランタがあります
一昨年 見つけて 庭に植え込みましたが 残念ながら 咲きません
最も樹が小さく まだ花を咲かせるまで生長していないのかも
求める時は 小さいながらも少しだけ花が咲いていましたが
我が家に来てからは咲きません
多分 園芸業者さんが 特別な方法で 花を咲かせていたのでしょう
来年は咲くかも 楽しみに待ちます
肥料をやることを忘れないようにしないと・・・・・・
白い花がたくさん咲いているのを見たことがありますが 見事でした
可哀相な咲きように 反省しています
矢っ張り 命あるもの 愛が必要ですね 愛情が・・・・・
どんなに 食事をいただいても 満腹になっても 愛がなければ
いい花は咲かないのでは と思います
人間だって 食事だけ与えれば 育つかと言えば 育つには育つでしょう
しかし そこに愛がなければ 愛のない人間に・・・・・
これから気をつけることにします
デュランタさんごめんね
この白い花は〜?ニラ?
道路を隔てたお向かいに3〜4年前
新しく家が建ちました
その家の壁際 舗道ぎりぎりに
細長い花壇が造られています
初めから なにか植えてありましたが
なにが植えられているのか
よく解りませんでした
その植え込みに 家の方が水やりを
している姿を お目にかかったことも
なく 住人のお顔もよく知りません
角の家で おまけに信号の前なので
外出から帰ると必ず目に入ります
いつ見ても土は からからに乾いて
白っぽくなっています
その花壇に ついに花が咲きました
可愛らしい 小さな白い花が
玉になって咲いています
この花 なんだろうと
しばし首を傾げました
でも すぐには 思いつきません
どこかで見たことがある 記憶がある だが何処で見たのか
?????でした
黙って写真を撮るのは 悪いかな と思いましたが 失礼して・・・・・・・
写真を見ながら考えて到達した名前は ニラ
違うでしょうか
ハナニラという花もあります
我が家にハナニラはありますから ハナニラでないことは確かです
また ハナニラは 2月から5月にかけて 咲きます
木陰でひっそりと咲き出します しかしニラは 秋に咲くと聞いていましたから
ニラだと思います
ニラ ハナニラ 全然違うのですね 名前にニラとついていますから
同じ種類かと思いましたが
ニラ ユリ科 東南アジア原産 ネギ属
ハナニラ ユリ科 アメリカ原産 イフェイオン属
ニラは 葉っぱの根元が食べられ 葉をちぎるとニンニクの匂いがする
ハナニラは 匂うそうですが 食べられるとは 聞いてはいません
唯 葉が韮に似ているから ハナニラとつけられたそうです
多分 韮の花だと思いますが もし間違っていましたら教えてください
乾燥しきった土地に 見事に咲くものですね
驚き しかも丈夫なのですね
群れをなして咲いていたら もっともっと美しいことでしょう
生命力の強さに 目を開く想いです
ちょっとやそっとで死ぬもんか と 涼しい顔で 語っているような気がします
秋風に 揺らめいて咲き 道行く人の 心に話しかけています
どれだけの人が気づき 慰められるかは解りませんが
この夏の猛暑にも負けなかった 立派です!
命の尊さをつくづく感じ 思い知りました
いつまで咲くのでしょうか
細い茎がす〜っと立ち上がって 玉のように 沢山の花をつけていますから
雨にうたれたら 重くて 頭(こうべ)を垂れやしないかと 気になります
昨日の雨でいかに〜? と 今日 見ることが出来ず 心残りです
でも 朝は晴れていましたから すくっと立ち上がったかも・・・・・・
散っては咲き 散っては咲く花
朝から眩しいほどの陽が射していて
おやっ 午後から雨の予報なのに
なんと青空 秋の空
日曜日 聖日 礼拝に・・・・・
あまりの天気の良さに 傘をいかにと
迷いましたが 天気予報を信じて
折りたたみ傘をバッグに偲ばせて・・・
教会の庭の花たちの話しをしましたが
朝の陽射しを浴びて 元気そのもの
ムクゲが 一輪 美しく咲いていました
優しい微笑みを見せて・・・・・・傷んだ枝の先に 復活の兆しを見せて
ムクゲは韓国の国花 無窮花(木槿)と呼ばれているようです
韓国の教会と姉妹教会を結んで 親交を温めている関係から
ある教会員の方が その記念に 庭に植え付けられました
もう 姉妹教会として手を結んで何年になるのでしょう
3年になると思いますが 花が開きはじめ
ますます豊かな交わりが持たれることでしょう
散っては咲き また散っては咲くムクゲ
その生命力の強さ 韓国人の歴史と性格に例えられこと多い
とのことです
確かに 一輪ずつと言う咲き方で 次から次によく咲きます
散っては咲き 散っては咲くという感じはしませんでしたが
そう言われてみればなるほど そうなんだと・・・・・・
矢張り 昨日 書きましたように 散り際の美しさであり
神秘さを兼ね備えているのでしょう
どんなものにも 命のあるものすべてに 散り際がある
その散り際には すべて時がある 私に好きな聖句の一つです
何事にも時がある 生まれる時 死ぬ時 植える時 植えたものを抜く時・・・・・
このムクゲの花のように 優しい心で お互いに 人と人とが 交わることが
出来れば 交流がもてれば 平和の時があるのでは・・・・・
朝 爽やかに咲き誇っていましたが お昼前には 雨 あめ アメ
しかも かなり激しい雨
雨の中 庭には出ませんでしたが きっと 激しいシャワーを浴びて 散りゆきたのでは
けれど また明日 新しい花が咲くことでしょう
来週 訪れた時に まだ 花の命は あるのでしょうか
ふたたび 逢いまみえることが・・・・・・・楽しみにして
花の命
二日前に白い萩のことを書きました
夕刊に その萩を詠った万葉集が
載っています
「秋萩の 散りのまがひに 呼び立てて
鳴くなる鹿の 声の遙けさ」
湯原王の歌
奈良県立万葉文化館長の中西氏の解説
を読みますと なるほどと感じ入ります
〜日本人は昔から「飛花落葉」と言って
花や葉が風に散る情景を美しいと
考えた では なぜ いっせいに
死んでゆく花や葉が美しいのでしょう
人びとは その姿にいのちの神秘を
感じたようです・・・云々〜
神を信じ 自然を尊ぶ心に その神秘さが
あまりにも美しく・・・・・
さらに続きますが・・・・・・
今朝 目覚めて 庭を眺めた時
萩の花びらが こぼれていました
庭の黒き土に 白色が鮮やかに 乱れていました
無言で散りゆくハギ 自然がもたらす 静かな結末
それを見て ああ〜 もう散りゆくのかと哀れすら感じました
そんな想いを持った朝方 その夕方に見た新聞
なにか 心をくすぐられる気がしました
歌は 秋のハギが 花をこぼす それに紛れて 妻を求めて鳴く鹿の声が遠い
と解説されていました
丁度 この頃 男ジカが 女ジカを呼んでいる鳴き声が聞こえる
そして 死を迎える男ジカは それらに抵抗するように愛を求めている声が
するそうです そう書かれています
歌は 勝手に解釈して読んでいますが 自然と命と生きてるものの叫びが
聞こえてくるような気がします
昨日 教会の庭で 出会った花たちは まだまだこれからと元気でした
生けるものがあれば 死するものもある世界
紫のサルビア やっと 暑い夏を耐えて咲き始めた
これからよ〜 私の人生は〜と 高らかに歌い上げているような咲きぷりでした
この世の生ある いきとし生きるものすべて 美しいですね
自然の命の営み 荘厳です
秋が終わりに近づくと 美しく彩られた木の葉が
風にあおられて舞う姿 命の終わりを高らかに歌いながら 散りゆく
心を揺さぶり 感動の渦に巻き込まれる
そこには 矢張り命の尊さがるからでしょう
いろいろ考えさせられた一日でした
明日は 午後から雨とか 傷めた足の包帯がまだとれず
靴が履けないから 雨は困りますが これまた自然 逆らえますまい
明日になれば なんとかなることでしょう
白い花と甘い香り
朝から爽やか それでも気温は高め
随分と陽射しが柔らかく
まともに陽の光を浴びても
汗が滲むことなく気持ちがいい
今日から日付が変わって神無月
季節は 確実に巡って
陽射しも幾分柔らかい
月一度の教会の仕事会
朝 病院へ行き その足で教会へ
思ったより早くに着き
皆さんが集まるまでの間
久しぶりに 教会の中庭を
ぶらぶら〜と 花や樹達は元気かと
毎週 見てはいるけれど
じっくり眺めることはなく・・・・
ましてや 殊の外 暑い夏
外へ出ることも はばかって・・・
オリーブも芙蓉も ランタナも
そして草花も 元気を取り戻していました
そんな中で ひときわ元気だったのが ジンジャー
おお〜と 目を見張りました
ダイナミックな葉っぱの中心から 背伸びをするかのごとく 花が咲いています
へえ〜 いつの間に咲いたの? ついこの間の日曜日 気が付かなかったよ
そばへすり寄って 話しかけましたが ジンジャーは しらぬ顔
甘い香りを振りまいて・・・・・
昨夜の雨の名残り 露玉を 大事そうに葉の上で 転がして・・・・・
悠然と 咲いていました
ジンジャー 生姜の花 縮砂(しゅくしゃ)
香辛料として使う生姜の仲間ですが これは観賞用花生姜です
花はなかなか咲かないと言いますが 教会はよく咲きます
昨年も咲いていたように記憶しています
この花は わがままなのか 気まぐれなのか あまのじゃくなのか
熱心に手入れするよりは 好きなようにどうぞと かまわない方が 花付きはいいとか
教会はその点 お気に召した住み処なのかも
とてもいい香りがします 花粉がつくのではと思うほど近づけて匂いを・・・・・・
気持ちのいい 甘い匂い
朝 まだ空気も爽やかな中 仕事をする前のひととき よき香りに包まれて
とても優雅な気分になりました
足が痛く ともすれば 落ち込む心を
ピュアーな白い花びらに 香りと共に 心 癒されて
そよぐ風に揺れ 葉音を立てるオリーブの木の下に立ちて
朝のひととき よき恵みに 感謝
ちなみに 花ジンジャーは 豊かな心 信頼 慕われる心 などが花言葉
帰る時 もう一度 会ってからと願いしも
いろんな雑事が重なって 慌てて 教会を後に・・・・・
今宵も月夜 きっと白い花は 月の光にてらされて 輝いているのでは・・・・・・
きっといい出会いでしょう
ジンジャーの花の白さ 魅力的 庭の片隅にあれば・・・・・
いつか出会いがあるかも 楽しみに 時を待つことにしましょう
