立冬〜冬の始まりで〜す

立冬 冬の始まり 今日から

立春の前日までが冬 
昨日までとは違って 幾分
朝の気温が低く 冬 近しを
感じ 一枚余分に羽織って箕面
まで相棒の車で・・・・・
街路樹や道路脇の木々 どの木
を見ても秋と冬が凌ぎあってい
る様子が見られ ああ〜 いよ
いよ冬が・・・・緑の木々が
道路脇にひろがる服部緑地公園
あたりでは常緑樹が多いことも
あって 紅葉は少なくまばらに
けれども 続く道はイチョウが
多く黄葉がしっかりと始まり
箕面へ通じる坂道は 下から見
上げると 美しい並木
黄葉と緑葉と絡み合って 陽の
光が 雰囲気づくりに一役担い
碧い空に 映えていました
午前中の雲の様子 綿雲なのか
かなとこ雲なのか よくは解り
ませんが 気持ちのよい空でした
我が家の姫リンゴ 如何でしょうか
やっと今頃になって 赤味を帯びてきました もっともっと熟すのでしょう 食べられるのでしょうが どんな味なのでしょうか 駅へ行く道にあるお店屋さんの前の姫リンゴも 微かに赤味が差してきましたが 酸っぱいですと店主は言われてましたが 我が家は??
気に掛かります 玄関ドアーの脇ですから 多分 小鳥さんは気付かないから 熟すまで持つのではないかと 充分 熟しましたら ちょっと口に入れてみましょうか
美味しいと言うこととは又別に 実が実ると言うことはいいですね 小鳥に採られてしまうのかも知れませんが 実が熟す 木の枝の間から顔を覗かせ 或いはぶら下がり風に揺れているのを見るのは なんとなくいいもので 郷愁を感じます ほっとします
オリーブの実も 食べ頃ぐらいに豊潤な色合いになってきました
立冬 その日にふさわしい日だったように感じました 明日はぐ〜んと気温が下がるとか
風邪を引かないように 温かくして眠りにつくとしましょう

曇天に美しバラはいかが

傘マークがない天気予報通り

雨は降らなかったものの 
どんよりとした曇り空
今にも涙はしたたり落ちそうな
厚い雲が 空を覆っていました
こんな日は 気分が滅入ります
なにかいいことないのかと 
楽しきことはないのか
わくわくすることがないのかと 
そう感じられた方もいるのでは
そう思った方も
なんにも感じなかった方も
どちらの方にも明るい気分に
なれることを・・・・願って!
厚い雲が張り詰めた日は
美しいバラは いかがですか?
季節は晩秋 その秋の陽射しを
燦燦と浴びる午後
四日前のこと まるで春の
芽吹きの時のように咲き乱れて
いた薔薇 如何ですか
先日3日の新伊丹駅前のバラ園
の写真を載せました 
その時 手の届く範囲内でのバラを一輪ずつ カメラで切り取りました
手折ることが許されないだけに カメラで・・・・・
美しいでしょう 華やかですね どうですか 晴れないどんよりした日にふさわしくお届けします
今頃の時節に こんなに立派に花を咲かせるなんて 手の入れ方が違うのでしょう
葉も緑が深く どの樹も葉が満ちています 我が家など 葉は いつのまにか虫たちのレストランになっています 綺麗に残さず食べて お行儀の良さが伺えます 虫たちは それで威厳が保てるのかも知れませんが 我が家にとっては 情けないひと言 バラ園のように 沢山あるわけではないのに 管理しきれていません 
虫たちの駆除も 薬が違うのでしょうか 市の公園課が手入れしているのでしょうか 公園課があるのかどうかも知りませんが とにかく行き届きすぎる程 手入れされています
葉っぱに 穴が開いていることもなく 流行らないレストランです 羨ましい限りです
どう手入れするのか どう見守るのか 手ほどきを受けたいですね
よく通るバラ園 でもいつ見ても 誰かが手入れしている姿を 見たことがありません
でも この薔薇をみた時は 心も軽く 秋の陽を浴びて 幸せ感をたっぷり味わいました
少しは癒されましたか 軽い気分になれましたか
花はいいですね 優しくなれますね

誰が描いたの〜トーテンポール

降りそうで降らなかった雨

朝から京都へ・・・・・
尋ねた先の玄関先の花水木
僅かながら紅葉が始まり 実が
赤く染まって美しい色を見せ
来春 咲く蕾と赤く染まりかけ
た緑の葉と赤い実とのコントラ
ストが 言うに言われぬ風情を醸し出していました 
ああ〜 いいなあ〜 絵に描きたい思いに囚われ 
美しい 自然は なんと美しいものをもたらしてくれるのか
気持ちのよい枝振り 色合い 久しぶりに 自然の美しさに心揺さぶられました
そこまで行く道のりに おやっと目を見張る
ものに出会い 誰が? 誰のアイデアなの?
子どもなの?大人なの?大人と子どもの共同作品なの? 
一瞬にして 頭の中を様々な思いが巡りました
金光教の敷地内 隅っこに トーテンポールがたっている・・・・・ 初めは誰かが立てたのだろうと 近づいて見ると なんと土の中から顔を出している木です 生きているのか死んでいるのかは定かではありませんが 勝手に思わせてもらえば 多分 命を全うしたのか 病で命絶えたのか 何れかでしょう その木を 哀れんで 或いは愛しく思うて トーテンポールに変身したのでは 幹が二股に分かれているところで すっぱり切られ それを利用してキリンの顔をに ですから枯れた木がキリンに その胴体は 様々な絵模様が描かれています
すごい楽しいですね こんな利用方法もあるのかと なかなか思いつきもしないでしょう 
きっと 大人も子どもも寄り集まって ああ〜しよう こうしようと 話し合いながら楽しい時を持ったのでは 人々の楽しい声 弾む声 笑い声が 聞こえてくるようです
ジャングルとは言えないけれど 木立の中ににゅ〜っと顔を出しているキリンさん
いつから立っていたのでしょう もうこの前を何回も通っていますのに 気付きませんでした
この夏休みにでもしたのでしょうか 敷地のしかも表通りに面した道路脇ですから 道歩く人に気付くと思いましたが・・・・・こんな遊びは いいですね お屋敷だったら適わなかったかも知れませんが 普通の住まいではなかったから許されたのかもね 
秋の終わりを味わい 楽しいものをみせていただいてよき一日でした
雨降りの予想を裏切って 涙を流す場面に立ち会わずに済みました
秋の日が暮れてゆきました 
長い夜長が 静かに押し寄せてきています

DMができて〜

朝から雲行き怪しく とうとう雨

一日 雨模様 おまけに明日も雨とか
その雨の中 作品展のDMを配布に
歩き回る 疲れました
疲れたなんて言っている場合では
ないのですが それでも万歩計見れば
一万三千歩 すごいよね 脚が疲れた
と深く感じます
まあ〜自分の為なのだから 何処にも
文句は言えず けれどまだ廻りきれず残っています
もう 作品展まで二週間切りました 来
週一週間で何もかもに目鼻をつけておかないと 大変なことになるや
も 今年はジョイント展 いつもと違って DMの事は 相手が一切
して下さったので こちらは随分と 時間的に助かりました
今日は5日 なんの日かご存じですか 語呂合わせしてみますか 
回答が見つかるかもよ 「いい(11)りんご(5)」の語呂合わせ 
そしてもう一つ 電報の日 これ解りますか
最近 電報を打つことがないので思いつきませんが 電報を電話で
申し込む時の番号「115」にちなんで 答えは如何でしたか 同じ答えでしたか
電報と言えば 昔は 日常的にも使う頻度が高かったようです 今のように電子メールがあるわけでなく 郵便も次の日に届くなんて考えられないし 電話も何処の家にもあるというものではなかったし おまけに市外へかける時は 電話局に申し込んで 繋いでもらうのを待たなければならない 特に急いでいる時は その旨を伝えて つなぎ方に普通と特急がありました
若き日 電報を使って家に連絡を入れた時 後でひどく親に怒られたことを思い出します
春のはじめ 立山へスキーに行きました 山は冬です 一面真っ白の雪山 スキーをかついで登ります 頂上一歩手前の雄山まで そしてそこから 下へ歩いて下山するのではなく スキーで滑り降りるのです ある年のこと 雄山から下りはじめて 暫く行くと白い雪の上に 真っ白な雷鳥が・・・・・綺麗な鳥です 夏に見る雷鳥とは雲泥の差で 冬の色は白く素敵で可愛い鳥です
しかし 山で雷鳥に出会うと 天気が悪くなると言われています 
その通りで少し行くと雨が 春ですから 雪ではなく雨 すごい雨に
合いました 下のホテル迄滑って降りられるのに雨の中 滑ることも
出来ず びしょ濡れ 全身そのまま水浴したと同じ状態 下着もずぶ濡れ でもそのまま都会まで・・・・一緒に出掛けた仲間は 町に着いたらお風呂屋さんへ行くからと その言葉に励まされ富山電鉄で富山まで 濡れた体のまま 畑の菜の花畑を眺めながら・・・・
しかし思ったより早くに富山駅に着いた事によって事情が変わり 金澤まで行けば 予定より早い電車に乗れる 今夜中に家に帰れる 明日の朝でなくと 富山でのお風呂も夢になり 駆け足で 金沢行きに飛び乗って・・・・列車のなかで 着替えが出来るトイレへ行けば しかし悲しいかな超満員 トイレに行く事もままならずそのまま金澤へ やっとゆったりした気分になれるかと思うが けれどその時は もう着替える必要はなく 体温で衣類は乾いていました その時です 予定が変わった 夜遅くに帰れる 家に帰ったらお風呂にはいりたい その思いで 駅から家に電報を・・・・・ お風呂は 帰ってこないと思って 最後に入った者が掃除をする決まりになっていたので お湯を落とされたら困るので お風呂にはいりたい一念で・・・・・叱られるの当たり前ですよね 雪山へ出掛けた娘から電報では 今時考えられませんよね 当時は シャワーなんてありませんものね 
無事にお風呂には 入れました どんなに温もったか 叱られたことなど帳消しになるほど あんなに濡れたのに風邪も引かず すべて体温で乾かし すごいですよね 今思うとよくやったと我ながら感心しています それで次の日は 会社へ出勤して仕事をしました 強かったですね
すべて何もかもに便利になって いいんでしょうか 今の時代でしたら きっと同じ年齢だったとしても あの体験をしたら きっと風邪を引いたのでは・・・・・
けれど素晴らしい想い出ですよ 体験です あの富山電鉄で揺られながら 春の陽射しを浴び 心まどろんだ思い いろんな想いも込めて懐かしい 今でも あの想いが甦り春の光すら目に浮かびます

あかね色の空

夏の太陽の如くギラギラと

輝く夕日 ハッとする何かが
心の中を駆け抜けて・・・・
天空が茜色に染まりゆく
碧い透明な空が
一瞬にして変わり
恐ろしい勢いで 獲物を
追うかのように
なんという空
なんという色
あの光の下で なにかが
おきている 
神が 踊っているのか
それとも 光を讃美し 敬っているのか
電車から降り立ち プラットホームに射し込む光に 圧倒され しばし立ちすくむ
美しい 丸い 大きな丸 光の珠 マグマが 名残の力をふり絞って放つ光
言葉も無い その光に込められた力強きもの 明日へのメッセージ
速い時の流れのなかを 駆け下りてゆく ビルの谷間に 山の端に・・・・・
いずこに行くのか 一日働いて 愛しい人の処へ 帰りゆくのか
温もりのある家族の元へ帰りゆくのか 
それとも孤独のなかへ落ち込んでゆくのか
ああ〜 共に行きたい そんな思いにすら囚われる
威厳の光でもあり 孤高の光でもあり 希望をもたらす光でもある
ああ〜愛しきものよ 
またあした と思い煩ううちに 
あたりは薄暮に包まれて やがて闇の世界に変わり行く
お互いの挨拶を交わして
光のマグマは またあしたと消えゆく
夕焼け雲は 赤く染まった太陽の光が 低い角度から雲の下面を
照らす現象 普段は いつの時も雲の下面を見ていうわけで 
上空からは雲の反対面が見える
それは飛行機にでも乗らない限り見ることは 不可能 
どのように見えるのだろう
さぞや美しかろう と勝手に想像をする
雲のショー 光のショー いつ見ても素敵です
嫌な黒雲ですら 見つめていると 遠いものが見え 忍ばれて
彷彿となる 更に それなりにロマンの心も波打ち たぎる
幼き日 戦後間もない 家のまわりの荒涼たる野原のなかで見た夕日 大きく丸く 黄金色の光を放っていた その時の情景が 胸に焼き付いて忘れらないで 心の奥深くに刻まれている
冷たい風が吹きはじめ コスモスが揺らめき そこに射し込む茜色の光 なんという哀しさだったのだろう 哀しくもあり それでいて希望もあって その時の事が 心にいつまでもあって 高校2年か3年の夏休みの自由宿題に その思いを作品にした事がある
A2程の大きさに切った白い麻芯地に 丘の上に子どもが立ち(二人だったと思う)夕日を眺めている その丘にはコスモスが咲き乱れ 風が吹き 雲がなびき それらを描き いろんな色の布を細かく切り それらの布で絵を埋めていった 布で絵を描いたと言うのでしょう 絵の具の代わりに 細かく切った布で・・・・・・その作品 すごく評判がよく ある先生が 教職を辞められてブティックを開かれ そこのお店に 額装されて飾られていたそうです
とにかく その作品返却されませんでしたから・・・・・
そんな思いも なにもかもが懐かしく 甦って来ます 
私の今の仕事 作品作りの原点はここにありきかも ふと思えてくる程 しみわたる思いであり 作品ですが・・・・・今はどうなったのでしょう
素晴らしい夕日に巡り会えて しばし プラットホームで呆然とした 
次の電車が来る時間になる程までに立ちつくし眺め入ってた風景
あしたは 雨ですって 夕日は消えて見えませんね  

茜色のうろこ雲

一昨日 鱗雲のことを記し

鱗雲の一番美しく見えるのは
朝や夕方と書き おまけに見た
いと迄・・・・・
なんとその思いがこのように早
く叶うとは すごいですね
午後といえど もうすぐ夕方に
なる頃 整体に伊丹市へ
降り立った駅前に 小さなバラ
園が 見事にバラの花が咲いて
いるのに驚きました
我が家のバラの木とは雲泥の差
美しく花開いています
一輪二輪ではなく まるで春の
バラ園の如くに 先週もここを通りましたが このような彩
りはなく なんとなく咲いているのかな と思う程度でした
それがこの一週間ほどで 見事!拍手喝采 思わず手を叩きたくなるほど 
ああ〜今日はいいものが見られた 何という幸運 と何枚か写真を撮り 別れを告げました その写真 明日か 又は近いうちに お見せします 本当に見事な美しい薔薇でした
体をもみほぐしてもらい 体もそして心もリフレッシュした思いで 駅までの道を歩き始めてふと見上げた空 夕焼けが始まっていました
ほんの先ほどまで バラ園で秋の陽射しを燦燦と浴びたのに 1時間程で もう夕焼けに
その夕焼け なんとうろこ雲 秋のゆるやかな上昇気流によって生ま
れた雲の群れ その雲が茜色に染まっている 何という幸運 今月
初めの1日に昼間のうろこ雲に遭遇して 朝焼けか 夕焼けに染まる
美しさが この目で見たいと願ったばかり それが こんなに早く訪れようとは・・・・・ やはり美しいですね なにか哀愁を帯びて それでも一日の終わりを告げるにふさわしく ある面では華やかで そして明日への希望も抱かせてくれるそんな雲に出会えた ほんの少し時間がずれたら もう見ることは適いませんから その場から5分ほど歩いて駅に着いた時は もう見えませんでした 僅かな時の流れに 上手く遭遇できまさにラッキーでした 
思い願う それが適い よき一日 すべてに感謝せねば・・・・・
明日もよき日であることを祈りつつ

花のレッスン〜11月〜

つい先日 10月・花のレッスンの

事を書いたと思いましたのに もう
11月の報告です
毎度の事ながら 月日の過ぎゆく速さに
驚きと物足りなさと このままでいいの
かそんな思いに晒されて・・・・・
レッスン終えて帰る時 来月はX’masね
そう12月です
身辺でも クリスマス会の話題が出るよ
うになってきました
寂しいですね クリスマスを迎えるのは 
嬉しい時ですが そうして急ぎ足で日々が過ぎゆくのは寂しいですね
昨日は ハロウィンのことを書きましたが 「紅茶の日」だったそうです 
1791年 大黒屋光太夫がロシアから紅茶を贈られたことから紅茶の日 
紅茶を 今日は楽しみました レッスン先で ハワイの甘い香りのする紅茶を そして帰路立ち寄った友人宅で 温かいミルクティーを どちらの紅茶もそれぞれの味 香りで とても 美味しくいただき ふと心休まる思いにとらわれました
お茶に添えられたお菓子よりも 紅茶の温もりが 心を体を解きほぐしてくれるようで ほっとしました
矢張り お茶はいいですね 日本茶であろうと 紅茶・コーヒーいずれにしても ふと休まりますね だから 一服する その言葉もおしゃれです 庭の手入れ 剪定の作業を或いは 仕事をしている方達に どうぞ 一服してくださいとお茶と共に声を掛ける
お茶を飲む 味わう 人と人とのコミュニケーションの役目を果たしてくれていいですね
我が家は 3時頃と夕食後暫くしてと 一日二回 ティータイムがあります
家の中で 別々の部屋にいて それぞれのことをしていても その時間は リビングに集まりお茶をいただく 大切にしている時間です 今は 相棒と二人っきりですが 子どもが帰れば子どもも交えて 子どもも小さい時からの習慣ですから お茶の時間ですよ と声を掛ければ集まって来ます 結構 楽しい時間ですよ そのお茶の時間にお邪魔したいと言い その時間を狙って尋ねてくる友もいます
自分の飲みたい時に 飲べばいいと言う人もいますが せめて1日に1回は ティータイムを
持たれたら楽しいですよ 思わぬ話しが弾んだりして・・・・・一度確かめて見てください
更けゆく秋の夜長を 温かい紅茶で・・・・・どうぞ

馬鈴薯が〜

久しぶりに見る鱗雲 今頃 

現れるのは気候がおかしい
夏の終わりになると 鱗雲が
見られ 高い空から秋の気配を
感じるようになる
今日から11月 霜月です
空が高く 美しい青空 雲が
上空の風に流されて 雲の数が
増えたり減ったり
この雲が現れると鰯が大漁と
されてますが・・・・・
季節がずれています
この雲が最も美しく 美しいの
は 朝や夕方だそうです
太陽の近くでは黄金色にそしてピンクや緑等の色づいている
こともあるそうです そのような空を見てみたいと思う
秋の象徴のような雲 今朝の空です すでに陽は高く 色の
変化は残念ながら見られませんでした
先日 じゃがいもが送られてきました しかも「きたあかり」
と言う品種が・・・・・北あかりは 母親である「男爵いも」の外観が似た比較的に新しい品種で芽が赤く果肉は黄色 柔らかな口当たりと独特の甘みがあり人気が高い芋です 何年か前にはじめて「きたあかり」の存在を知り フアンになりましたが なかなか思うようには手に入らなかったので 一時は 北海道から直接取り寄せていました 今は何処かで見つけた時求める状態ですが 普通のスパーではなかなか販売していません
けれど美味しい! 丸のままよく洗いラップにくるんでレンジでチンするだけでほくほく感が味わえます 半分に割って バターやオリーブオイルなどつけてスプーンで掬って食べる
なんとも言えません 普通のじゃがいものように料理は何でも出来ますが 料理は 他のじゃがいもに任せて もっぱらチンしていただいています
じゃがいもを 美味しい美味しいとほくほく顔で食べていますが 子どもの頃 茹でたじゃがいもが食卓の上に置かれ それが昼食だった時代と比べると何という食の改善 進歩でしょう
充分な食料がなかった戦後 じゃがいもを茹でて食べるしか 他に何もなかったのですから
じゃがいもはよき主食でした 勿論バターやオリーブオイルなどありません お砂糖を振って食べたこともあります そのじゃがいもも 荒れた土地で出来たお芋さん 今でしたら美味しいとは言えないものだったと思います 太陽光線を直接浴びて緑色になったお芋も多くありました 蒸かしたじゃがいも 皮がめくれ上がっているのが なかでもほくほく感があり 美味しく そんなのを狙って取って食べた賤しい気持ちを思い出します 緑色の処は 毒だそうで食べない方がいいそうですが そんなこと考える余地もありませんでした 芽はソラニンと言って食べたら駄目と言うことは知っていましたが・・・・・
あの時代からもう何十年という月日が流れていきました 半世紀以上も 最近では贅沢極まりがたく 少し否大々的に 食生活に奢りすら感じますね
おやつもなく お米も自由に手に入らず 主食は 芋やすいとん それでも食べられるだけよかったと思います 今夜はすいとんよ と食卓の真ん中にすいとんのお鍋が置かれ それを家族揃って輪になって食べました そこには 家族の絆があり 貧しい食でも楽しい団らんがありましたね 懐かしい! 両親 兄弟 共に揃って わいわい話をしながら 小さな電灯の明かりの下で 温もりがあり 優しさもあり 思いやりもあって 遠い 遠い 話しですね
送られてきた北あかりをいただきながら 今の生活に感謝せずにはいられません あの時 未来にこんなに豊かな生活があるとは思いもせず 大人達は 毎日 来る朝ごとにその日を生きるのが必死だったのではないかと・・・・・守り育ててくれた両親 大人達に感謝!あるのみ