夏の初めには・・・・・

きのうの冷たさは 嘘のように

暖かく穏やか 待ち遠しい春
今年は いつも飛来する小鳥が
来ません 
仲良しだったヒヨドリすら・・
寂しいこと・・・・・
このユリの花 見てください
カサブランカです 4年前に
庭で咲いていたものです
今から12年前の2000年に 教会で親しくしていた先輩に
カサブランカの球根ですといただきました
彼女は 花好きな方で いろんな花を栽培していると聞きましたが 今は 体もご不自由になられ かなり遠方の施設に入居されていますので 簡単にはおめにかかることができません
幾ついただいたのか忘れましたが 庭の二カ所に分けて植え込みまし
たところ どちらもよく花が付き 随分と楽しみました 
植えっぱなしであまり手をかけていないのに りちぎに花を咲かせ 
いつも感謝いていました それが残念なことに いつのまにか咲かな
くなり 芽も出なくなりました それでも10年間毎年咲きましたから 立派です しかも花数も多く随と楽しみました 
今は「2000年イースター」と書かれたネームプレートだけが残っています
初夏の季節になると 
ああ〜今年も駄目 芽も出ない
命つきたのね
長い間ありがとう 感謝こそす
れ 寂しい思いがつのるばかり
そう思う矢先 昨日 花屋で
見つけたカサブランカの球根 
思わずいいもの見つけ〜た と
まるで子どものように 嬉しく
わくわくして求めました
ちょっと芽が伸びるのが 早過
ぎるのでは と心配感が過ぎり
ましたが 寂しい思いしていた
のだから いい巡り合わせなの
では・・・・・
早速 午後 植え込みました 
上手く 育ちますようにと祈り
を込めて・・・・・
12年前のイースターにいただいた その復活を願って
今頃 どうしておられるのか お元気なのか 気に掛かります
ホームへお尋ねしたいけれど 交通の便が悪く 車であれば 
行きやすいのでしょう また
お尋ねしたら 喜んでくださることでしょう
すぐには叶わぬこと 思いを心込めて電波に乗せることにしましょう
以心伝心・・・・・私の思いが届きますように 彼女の心に・・・
でも 神様がなせる業なのでしょうか 何故だか 先日来 庭の手入れをする度に 消えかかったプレート 「カサブランカ・イースター2000年」 消えたのね 命つきたのね
寂しい思いで見詰めていました 復活するためには 新しい球根を求めましょう 忘れずに と その思いも消えやらぬうちに 目の前に 突然 球根が出現 なんだか不思議です こんなに調子よく巡り会うのでしょうか 植え込む時期ならともかくも 不思議な巡り合わせ
神様が 道をつけてくださったのでしょう 私の思いを汲んで ありがとう 感謝です

冷たい朝〜雨水の日〜

冷たい朝 冷え切った空気

身も心も萎えてゆく冷たさ
日曜日 聖日礼拝に
電車に乗るためにホームへ
ああ〜冷たい風が 雪の上を
滑り来た風が 頬をかすめる
寒い感覚よりも冷たさに
陽当たりを求めて・・・・・
暖をとりたさに 目映く輝く
陽の下に立ち ふと周りを
眺めると 電車を待つ人々の
心はいずこも同じかと・・・
明暗を分けたホーム
見事 と感じ入り思わず
シャッターを・・・・・
ホームに燦燦と射し込む光を遮る
屋根の下は 冷たい空間
電車の到着側なのに 人もいず
僅かに光が射し込む側に 人は集まるように
ああ〜 この冷たさ だれも 温もりを恋しく
無意識に 集まっている
だれの心も一緒と 思わず一体感が生まれゆく
微笑ましい思いに包まれて・・・・
そんな冷たい朝 24節気の一つ
雨水(うすい)の日
雪が雨に変わり 氷や雪が解けて水になる頃 気候も不安定 突然の大雪があったりする また 春一番が吹くことが多いとのこと 
本当に冷たかった 氷が張る程ではなかったけれど それでも午後には その寒さ冷たさもいずこかに消えゆき 矢張り春は近いのか? 夕方の帰り道 急いで歩けば 花屋の店頭にはもうチューリップの鉢植えが 並んでいました いまにも開かんとする花たちが・・・・・チューリップが店頭に並び始めれば まさに春近しですね
でも 人間 矢張り 太陽が恋しいのですね 今朝のプラットホームの情景を見て つくづく思いました 意識して陽の当たる場所にたった人もいるでしょうが 大半の方は 無意識ではなかったでしょうか
ホームの右と左 同じホームとは思えませんでしょう やがて目の前に電車が来るというのに
なんとなく寒さも吹き飛ぶ ちょっと面白い光景でした

ガラス越しの陽を浴びて・・・・・

近畿地区の日本海側は同じ

県内なのに大雪 1メートルの
積雪 こちらは朝から陽が輝き
風は冷たいけれど 雪の匂い
すら感ずることなく 穏やか
北と南と 列車に乗れば 
2時間もかからないでいける
距離なのに すごい温度差 気候の変化はすごい
なにも予定がなく 静かに 家で過ごしました
キルトにい励み 時には 庭に降り立ち ビオラ達の花殻積みを
気持ちのいい日より 恵まれていますね
雪かきで追われることもなく 南の窓辺で 陽射しを浴びながらキルト三昧 なんて幸せなのでしょうか
今日のような日 バナナケーキを焼こうかと思いましたが 最近 少しカロリーオーバー おやつの食べ過ぎ 焼けば 口に入るのは間違いなく ですから またの機会にと・・・・・
その分 手仕事に励みましたが・・・・・
モノトーンのバッグ ず〜っと以前 友から作り方のレシピをいただきました 作ってみたいとレシピ通りの布 部品など揃えたものの放置 いつか出来るだろう 暇になったらしよう
と でもいつになっても出来ません 思い切って取りかかったものの 矢張り続けられず 友にSOSを発信 助けてもらいました
如何でしょうか 昨日使ってみました 肩から掛ける紐の幅が広く とても楽で 気持ちよく体に馴染みました 細い紐のバックと同じものを 入れて提げてみますと 幅広の方が 肩が楽です 肩への負担が少なく 肩が凝ったなんて言わなくともすみそう
パッチは前面だけで 後ろは黒地で キルトだけ 素敵でしょう
今日のような日 久しぶりに手紙を書くのもいい時間と 友人に便りを書きました
先日いただいたパリ土産のお礼も兼ねて 忙しさにかまけてまだお礼してなかったことに気が付いて よき時間が与えられたと 頑張って書き ポストインしました
手紙と言えば 今日はエアメールの日  
1911年 インドの博覧会会場から 8キロ離れたナイニジャンクション駅まで 初めて飛行機で手紙が運ばれました この時 時空を飛んだ手紙は なんと6千通 だったそうです
すごいです 航空便は 船便よりは ずっと早いですよね 今から何年前でしょうか 77年代 相棒がインドネシアに赴任していました その時 便りを書くと航空便でも7日かかりました 帰ってくるのも7日 なにか用があって相談の手紙を書いても7日かかって着き すぐに返事を書いて 投函してもこちらに来るのは 7日後 結局 往復に半月かかりました
今は 便利きわまりないメール 電子郵便があります メディアに書いて送信ボタンをぽんと
押すと 一瞬で 何処にでも届きます 世界の果てまでも 地球の裏側でも 宇宙までも・・すごい進歩ですね
世界で初めて時空を飛んだ手紙 なにが書かれ どんな思いを乗せていったのでしょう
世の発展 進歩 恐ろしい気がします 唯 ただ 甘んじていいのでしょうか

マンホールの蓋

早朝 病院へ 半年に一度の

目の検診
寒さが厳しいですとの予報に
覚悟して出掛けましたが
驚くほどの美しい青空 澄み
切って目映い
同じ県内でも 日本海側は雪
雪など思いもよらぬ碧い空
でも 眼科の検診 なにも異常
がなく また半年後 お元気で
医師との会話 病院の外へ出た途端 瞳孔の検査のため目薬が まだ拭いきれず 碧い空が眩しく 空を見上げて歩きたかったのに ひたすら 足下を見ながら うつむき加減の歩きよう
ああ〜 なんてままにならぬこと 燦々と降りそそぐ 陽を浴びて 胸を張り 大手を振って歩きたかった 残念 でも 贅沢は言いますまい
白内障の心配も ほかの眼病もなにもなかったのだから 喜ばねば 目が収まれば いつでも浴びることが出来るのに 太陽の恵みを 遠慮なく受けられるのに・・・・・・
今日は なんと ノアの洪水の日 ですって 知らなかった
旧約聖書 創世記の七章に書かれています ノアの洪水が起きたのは ノアが六百歳の時 第二の月の十七日 四十日間雨が降り続き 全てのものが水の中に沈んで・・・・・一年後に地がすっかり乾く・・・・と 詳しいことは 聖書をひもといてください
四十日間 雨が降り続く 考えられませんね 陽の光に 忘れずに感謝すべきね
水曜日 篠山へ行きましたが 美術館の前で見つけたマンホールの蓋
ああ〜 この地域にふさわしい と・・・・よく見ると こんだおすいと名がありますが 図柄は 鳥?と壺 鳥だと思いますが サギでしょうか? 壺などの焼き物は 立杭焼きの郷ですから当然 美術館の住所は 篠山市今田町上立杭ですから 目の前の蓋は 当然のデザインですね
面白いですね その土地 その名所 名物 シンボルなど マンホールの蓋を見ることによって その土地の特徴が解るかも その土地の 市花 市鳥 等など 
この日は 書きましたように 冷たい雨が降っていました その中で 傘もささずに カメラに・・・・・今日は きっと雪まじりの日だったのでは・・・・・
あの里山が 真っ白に染まった姿が見てみたいですね きっと深閑として 心惹きつけられるのでは・・・・・美しすぎて 言葉がないかも
でも地元の方は大変でしょう 静かな 静かな 里山に 想いを馳せて・・・・・
また 訪れたい場所でした

たくさん生まれそう〜

昨日 訪れた篠山の山あい
冷たい霧雨が降り 行き交う
人もなく 車も時折 思い出し
たように走りゆくだけ
レストランの窓から眺めた
山里の風景 静かで 平穏で
心揺さぶる豊かさがあり
まさに日本の風景 
日本の原点をみる思い
懐かしく 愛おしく 心 強く
惹かれる
いい景色でしょう いつの日か
作品で この思いを表現したい
いつまでも眺めていたい風景
そのきのうとは打って変わって
寒さが緩んで 暖かい柔らかな
陽が 一日中 降りそそいで
きのうと今日 少し時がずれた
だけ 少しだけ場所が変わった
だけ あの里山も 陽の光を
浴びて 輝いているのか
里山に思いを馳せるかけらもな
い街の片隅で 背伸びするかの
ように 光を浴びて 私も わたしもと 
狭いところでせめぎあい 花咲かせようと・・・・・
クリスマスローズです ガレージの隅っこに置かれた鉢 蕾が 我もわれもと押し合っている
小さな株 蕾がつきすぎでは? 懸念するけれど大丈夫? 生み出すこと出来るの? 思わず声を掛けたくなる ざあ〜っとかぞえて15の子どもが・・・・・
そんな小さな体で 15人も育てられるの? 生む体力ありますの? もっと子どもいるのかも?
すごい生命力 驚き 感激 癒されますね 
明るい空の下で光浴びる花たち 薄墨色の暗い空の下で 静かに時を過ごす里山
お天気で 太陽のあり方で 表情が変わり行く お天気次第でしょうか
今日は 「天気図記念日」 明治16(1883)年 日本で初めて天気図が作られました
初めて作られた天気図は どんなのか 観てみたい気がします
娘時代 冬になると 毎日 欠かさず新聞の天気図を見てました 西高東低だ 雪が・・・
寒いから 冷えるから 喜んでいました 無邪気な時代だったのでしょうか
年を老いれば 暖かい冬がいい・・・寒いのは嫌ね
でも 冬が好き 身も心も 凍てつく空の下 凛としてひきしまります 

すごい作品でした

朝から冷たい曇り空

雨は?と気に掛かりながら
福知山線に乗車 都会を抜け
里山の風景が 広がる駅で下車
兵庫陶芸美術館へ
神の言葉と精神を綴った聖書
その聖書を陶芸作品として作り 
続けた陶芸家 荒木高子の作品
の大回顧展を観に・・・・
クリスチャンだった兄と弟を亡
くし 二人の形見の聖書を読む
うちに作品化にたどり着いたと
か その作品展
荒木高子展〜心の深淵に迫る〜
山里の中にあるせいなのか 
季節がなせるせいなのか 時間
が早かったためなのか 友人と
二人だけ 広いゆったりとした
部屋での鑑賞 まるで貸し切り
ゆっくりと落ち着いて ひとつ
ひとつ丹念に観る
なかでも「聖書シリーズ」には 
圧倒的に 心に迫り来るなにか
がある それは荒木が聖書を読
み込んだ精神性なのか
心の叫びが 聞こえる存在感がある テクニックのすばらしさ どれを観てもその芸術性の高さに感動 おののき震える 
聖書シリーズ・砂の聖書・燃えつきた聖書・黄金の聖書 
どれも素晴らしい 心をつき抜けていく何かがある
いいものを鑑賞 素敵な庭を眺め 里山の風景を眺めながらのランチ すべてに心満たされて 冷たい冷たい氷雨が降っている しかし 心温められたせいなのか 寒さをさほど感じることもなく 山々は 霧なのか 雨なのか 霞んで 里山を 奥深い景色に包み込んでいる 
その美しさ 懐かしい 昔 幼い子どもの頃 駆けずり回ったような思いがする
やむことなく降る続けた氷雨 細い ほそい雨 
傘をささずとも歩ける雨 冷たいのに 心温まり 豊かになったせいなのか 身に浴びる氷雨を はねつけていく 体のうちに溶け込むこともなく・・・・・
小さないい旅でした  

天使の贈り物

今日はなんの日 嬉しい日?

わくわくする日?悩ましい日?
ドキドキして胸が 張り裂けそ
うな日? いずれの日でしょう
人それぞれ思惑が違い 様々な
時を送ったのでは・・・・・
聖バレンタインディー
愛しい人に 告白できる日?
バレンタインとは縁のない生活
をしていますが そんな我が家
にも なんとなんとチョコが
届きました 嬉しいですね
メッセージまでついて・・・・
思いもかけなかっただけに
嬉しいこと わくわくしてきます
天使の贈り物 バレンタインチョコ
可愛い中学生から届いたバレンタインチョコ
母親の手助けも 家族の手助けもあってのもの
「感謝と愛を込めて」のメッセージ  なんと嬉しきことか
その心遣い 思い 心根 ただただ嬉しい
若き日に 思いを寄せた人に そ〜っと手渡したプレゼント 
あの時の思い 遠い昔なれど 今 我が息子の家族からの思いは
時限が異なれど 贈り 贈られる思いは一緒
なんと洒落たプレゼント すべて 手作り 
可愛い包装紙でラッピングされて
天使が 届けてくれた 天使の如く 
天使のように愛らしい中学生から
ただただ 嬉しい その言葉以外 言葉なく
感謝 感謝 
天使の母親からの便りにも 涙無しでは 読み取れず 
じんわりと 伝わってくる 暖かい風 温もりのある風
久しぶりに味わった 心の温かさ 
今宵は 夢見もよかろうに・・・・・

哀れでしょうか?この姿

朝から雨模様 寒いのかと思え

ど 冷たい雨ではなく 春を
呼ぶ雨の匂いがする
冷たい雨ならば みぞれに変わ
り雪に しかし暖かみのある雨
ならば 春が・・・

お天気になる様子もなく 明日
も雨とか・・・
今日は 苗字の日
こんな日があるなんて・・・・
1875(明治8)年 苗字を
名乗ることが義務に
今は 姓名判断とか画数とかが
話題にも また気にする人もい
ますが 昔は名前だけでした
苗字がなくとも 画数がどうで
あれ 幸せに暮らしていたのでは・・・
昔は単純な名前だけだったのでしょうが 苗字が義務づけられたのが いつの頃からなのか知りませんでした 時代物を 映画やテレビで見ていると 苗字もついているので 義務づけられるなんて思いもしませんでしたが よくよく考えてみると 苗字も名前もあるのは 貴族や武士達だけですね
市井の一般庶民は どこそこの長屋のなんとかさんと 名前だけですね 日本人としてこの国に生まれた以上 苗字も名前も 義務になったのは 意外と新しいのですね
昨日 雨の降る前 庭に降り立ち クリスマスローズの話しをしましたが 我が家には こんな哀れなクリスマスローズがあります 
よく見てください 葉は なんと2本出ているだけ 昨年は 咲いていましたが どういうわけなのか 葉が枯れてこれだけ残ったのか それとも・・・・・よく覚えていません
でも でも 嬉しいのです 喜ばしいことです
蕾が出ているではありませんか 二つも三つも まだまだ顔を出す可能性がありそうです
すごいですね 強いですね どこから栄養をもらっているのでしょう
太陽光線も しっかりと必要なのに 鉢の中を見てください 哀れな表面でしょう
かろうじて見えるのは すみれの株です これから芽吹くはずですが・・・・・
重い心だと嘆いていたきのうですけれど こんなに荒れた 放り出されたような鉢の中でも 負けずに命を育んでいる 少しぐらいのことで 負けませんよ と・・・・・
見習わなければ さあ〜 元気をもらわなくては・・・・この花に負けていては 情けないですね くよくよせず 前を向いていきましょう きっといい道が見つかると信じて・・・・・
重い心は そ〜っと何処かの 片隅に置いて 
哀れな花ですが きっと立派に咲いてくれるでしょう 花咲かせてくれるでしょう
楽しみに待つことにします 慈しみの心で見詰めて 私の心も晴れてゆくことでしょう
きっと いい道が示されて・・・・歩むことが出来 花は花で いい花が咲くことでしょう

柔らかい陽射しを浴びて

二月 如月 もう半分近くまで

過ぎ 二回目の日曜日
朝から爽やかと言う言葉が 
ふさわしいのか 首を傾げる
が 気持ちよい朝 美しい青空
幾つかの綿雲が浮かんで・・・
空を見上げれば 心爽やか
けれど 何故だか重い足取り
行く先は 教会へ・・・・・
友と囲む昼食 緩やかな時間が
流れゆく
なにをする気力もなく我が家へ  
重い心を抱えて 庭に・・・
鉢植えのクリスマスローズ
まさに開かんと 微笑み始め
冬の柔らかい薄陽を浴びて
幾つもの蕾が 思いおもいの
表情を見せている 
まるで競い合うが如くに・・・
優しい陽を浴びて 気持ちよく
柔らかな表情が 心を和ませる
自然は 時は忘れずに微笑みを
送り込んでくる
これは 神のなせる業・・・・
すべてのものに時がある
「天の下の出来事にはすべて定
められた時がある」と聖書の言
葉 生まれる時 死ぬ時 花が
咲く時すべてに時がある 
いま現存するこの重い心も 神のなせる業 試練の時なのか
放置状態に近いにもかかわらず咲くクリスマスローズ
この微笑み 一年ぶりの再会 
愛しい人に出会うかのように心 踊る
ある時 花屋さんの店先で 目に映ったこの花に 恋をして
狂おしい程に恋い焦がれ 心の片隅にありながら 時には忘却の彼方・・・・・
それでも忘れずに 巡り逢瀬 心を癒やし 重い心を軽くもして
感謝せねば・・・・・

私の名前ははるみです

夕方 お鍋を火にかけ 夕刊を

読みましょうと 今日は 夕刊
お休み ???ええっ〜 そう
です 旗日です 昔の紀元節
今は建国記念の日 我が家は
毎日が日曜日 気もつかず
子どもの頃は 祝日は 必ず
国旗を掲げていました 
昔の親たちは たとへ毎日が
日曜日でも 誰も仕事へ行くこともなく 休日が関係なくとも 忘れることなく 日の丸を掲げていましたから それだけ日々の生活は 気を引き締めて暮らしていたのでしょうね
今は国旗を揚げませんし 忘れて 何かの拍子に気が付いたりします 心構えが違いますね
今日は 祝日であると共に 干支供養の日 
一年間大切に飾られ 厄をはらってくれた干支の置物達に感謝して ありがとうございました と元の土にかえす日
我が家は 干支をわざわざ飾ることもありませんが 何処の家でも 厄払いとして 古来からそうして飾っていたのでしょうか
素敵な干支の飾りをいただくと 飾ります けれどその年が終わると 片付けて12年後に再び飾ることもしていますが いかがなのでしょう 干支によって厄払いをしようという気持ちがないから 気にもしません 飾りが 置物が とてもいいものであれば また飾りたい インテリアとして用いたいという思いが強いのですが・・・・・・
先日 友人に 珍しいお蜜柑をいただきました なにかと何かを交配させたものなのでしょう いただいた袋を開けると 蜜柑の横にメッセージが 「はるみ」と言う新品種です 暫く置いてから 召し上がってくださいと・・・・・「すい」かもしれないと懸念されていましたが
甘みもあり 少しオレンジ的で 美味しくいただきました
丁度その時 ほかの方からデコポンも頂きましたので 一緒に記念撮影
誉れ豊かな顔をして写っていますでしょう
おいしそうでしょう 事実 美味しかった 果物類の酸味を受け付けない私のことを心配してくださったのですが その心配もなく・・・・・口に頬張りました
柑橘類だけでなく どんどん新しい品種が出てきますね 名前が覚えられない程 特に柑橘系は多いように感じます あれ これ なんだっけと言う有様が時々あります
「はるみ」と言う名前をつけられた理由はあるのでしょう 共に働き協力した奥様の名前であったりして そこには素晴らしい愛が あったりして ロマンな心が膨らみます
農家の方達の努力をかって・・・・・見事な蜜柑 ありがとう 感謝
そして おすそ分けくださった友の心遣いに感謝