震災 追悼・・・・・

丁度一年前 社会が崩壊し

生活が奪われんばかりの
地球の荒れ狂いよう 
大きな口を開けて 怒り 吠え
なんと言う凄まじさ 
テレビに画面に映し出され光景
しばし声もなく ただ唖然とす
午後2時46分 黙祷を捧げよ
う その場に居合わすことは
出来なかったものの 胸の中で
静かに祈りました
天気予報は 一日晴れのお日様
マークばかり でもその時刻頃
空は曇り 細かい雨が・・・・
まるで泣くかのように 涙雨か
霰もまじりが 傘に・・・・
打ち付ける音は 泣き声か 嗚咽か
東北の人たちの涙が 降りそそぐ・・・・泣いている 涙 涙雨 冷たい雨でした
震災から6日目 初めて自分の思いをツイッターに書き始めた福島の詩人 和合亮一
その方の存在を5月だったか6月だったかに知り それからツイッターをフォローして 読んでいます 詩が 心情が 書き連ねて・・・・
昨年 ツイッターが評判良く また共感を呼び 6月には出版されたのですぐ求め 改めて読みました
その一部です 3月16日 放射能が降っています 静かな夜です /ここまで私たちを痛めつける意味はあるのでしょうか /屋外から帰ったら 髪と手を洗いなさいと教えられました 私たちには それを洗う水など無いのです /私が避暑地として気に入って 時折過ごしていた南三陸海岸に 一昨日 1000人の遺体が流れ着きました /今これを書いている時に また地鳴りがしました 揺れました 息を殺して 中腰になって 揺れを睨みつけてやりました 放射能の雨の中で たった一人です
「詩の礫(つぶて)」は 3月16日から5月26日までのツイッターがまとめられています
すごいです 涙が溢れ なにもしてあげることの出来ない自分が 情けなくなります
本のカバーには 街を返せ 海を返せ 風を返せ 恋を返せ 誇りを返せ 福島を返せと
もう一冊「詩の邂逅」は 詩やいろんな言葉が紡いであります
〜この震災を 災難だと思ってはいけない あなたは 何度も それを語ってくれた
泣いたって状況は変わらないのなら 泣いたってふるさとに帰ることがむつかしいのなら
「悲しい」と「帰れない」という言葉を切り離して 生きていくしか無い そう話してくれた 強く 少し 涙目になって〜
いい言葉が書かれています 何かの機会がありましたら是非 手に取ってみてください
福島県生まれ 詩人 国語教師 震災直後からツイッターで作品の発表し続け 話題になり それをまとめたものと新たに書き下ろしと詩集 色々な賞も受賞されている
各地で追悼 テレビでは特集番組が・・・・・私は 涙雨の中 濡れそぼちながら 家に帰ったら もう一度 和合さんの本を開いてみようと 読み直して 心に祈りを込めようと 強く思いました
地球の怒り それをいさめることは 不可能です それであれば どう対処していくか そして いかに絆を深めて 助け合っていくか 課題は沢山なると見せつけられました
地震大国に暮らす以上 どう身を守るか どう防ぐか・・・・・
原発の問題もありますね あの福島の原発を 廃炉にするには40年かかるそうです
生まれたばかりの子が 40歳になってやっと終息するのです 恐ろしいものです
風も波も いずこにか去りゆき 自然の波も風も 返ってくるのでしょうか
返せ・・・・と叫びたいですね 東北のこと 東日本のことと 侮ることは出来ません
いつ我が身に降りかかるか 地震国ですから そしてまた協力 助け合い 手を取り合わねば
祈りつつ 何かの力になりたいと いつも気に掛かっています

ダブルの花が・・・・・

冷たさが残っている

何処に? 吹き寄せる風に?
陽の光に? 雲の流れに?
庭に降り立つと どこからか
冷たさが忍び寄ってくる
春の匂いを忍ばせて・・・・
かき寄せる襟元に もう少しの
辛抱 辛抱 とつぶやいてみる
過ごしやすい気象条件ではない
この一年 
それでも負けもせず 巡る時に
再び 花 開く 
冷たい風に揺すられながら
ほんのりと頬 染め
恥じらいをみせ 
八重の花びら ふるわせて 
挨拶ももどかしく 
八重のクリスマスローズが 咲く
蕾は? 待ちわびて 根元を 覗き込み過ぎ 首が痛み
胸が 動悸する ドキン ドキン 高鳴る 
待ちに待った 待ちわびて やっと咲く
歓喜の声を高らかに 歓喜のラッパを 吹き鳴らしたい
おお〜 叫び声が 天空に舞い上がる
薄ら寒い空に向かって 喜びの声が 飛び交う
嬉しいね 嬉しいよ 
何処 かしこに 声 かけたい 
この喜びを 伝えたい 褒めたたえたい
ありがとうも 忘れずに 

遅まきのひなまつり????

朝からかなり強い雨 春の雨?

月一回 教会婦人会の集まり
久しぶりに礼拝の司会を担当
緊張しました
ちょうど 一年前 婦人会の日
いろんな事がありました
伝道師が任期を終え 別れの会
が催されました 三年間 お疲
れ様と その会のさなか アクシデントが生じ 会員一同 どのように対処すべきか 解らぬままに 会は終わりました
その同じ頃 東日本では大変なことが・・・・・
忘れもしません 3月11日 金曜日 大震災が・・・・教会でも 東北でも激震が揺すり戸惑うばかり・・・・
押し寄せる津波の勢い すざましさ 目を覆いたくなる惨状 どうしてあげていいのか解らぬ程の壊滅・・・・なんとかしてあげたい その思いが心に強くうずくまる 
そしてなんとか過ぎゆきた一年 
東北はままにならぬ復興 同じように 教会にも嵐は吹き荒れました
そして今日 一年後 礼拝にあたって 心を込めて祈りました
祈りの言葉をささげました その祈りは 空を切るだけでしょうか
それとも心に届くのでしょうか 神様のみ前にささげました 
主は 正しい道を 歩む道を 示してくださるのでしょうか
〜この一年 振り返ってみますと 私たちの周りは 外にも内にもおおきな嵐が吹き荒れ 乱れ 困惑し 立ちつくし 悲嘆に暮れました その苦しみの中に在る人たち 震災に遭われ 復興もままにならない方たちの事を思うと心が痛みます
何事にも時があると み言葉にありますが これもまた 神から与えられた試練の時なのでしょうか 時は決して見失ってはならない時が在ります 何事にも時がある 花が咲く時 種を蒔く時 人生にけじめをつける時 様々な時があります それらをしっかと見据えて 主の道を歩んでいけますように祈ります
その困難の中に在るあらゆる人たちに 新しく立ち上がる勇気と希望を与えてください そして 私たちも手助けできる力をお与えください 私たちが 地域を乗り越え 手を取り合い 力を合わせて助け合うことが出来ますように また 祈り 働くことが出来ますように あなたが共にいて お支えくださいませ・・・・・・〜と祈ります
婦人会の食事 三月雛の月 そう思ってでしょう おひな様にふさわしい食事が用意されました ちらし寿司 雛あられ 草餅 チョコレート どれも女の子の好きなものばかり
今日の会合には 平均年齢が高く 女の子と言うには あまりにもかけ離れた年齢の人間ばかりですが それでも 嬉しい食事でした お嫁入り前の女性は一人もいません 全部既婚者 しかも老人またはその一歩手前 でも幾つになっても女です ルンルンです
季節の節句を味わう 共に味わう いいものです 心豊かにされるといいのですが 果たして心豊かに 楽しくいただけたのでしょうか 一年前の出来事を思えば 何にも解決されていない中 心は重くのしかかります いつになれば 平和で 豊かな 日々が訪れるのでしょう すべてが解決されるのは 5年先でしょうか 10年後でしょうか すべてに復興が叶い 落ち着いた日々になり 内に外にも嵐が 収まることを祈ります ただただ祈るのみ 
来年のことを言えば鬼が笑うとか でも 次なる年には 同じ三月 楽しく笑ってお雛様の食事がいただきたいもの そう願い 祈ります

ふる〜い ふる〜いおひな様

冬装束で日中 陽射しのなか

歩くと思わず 暑いとの言葉が
この暖かさ 嬉しい けれど
明日あたりから寒くなる 
コートは まだまだ必要です
そんな天気予報 困ります
きのうの話のおひな様の報告
何枚かの写真を見てください
現在のような華やかさは 
あまり見られませんが
赤い毛氈の上に雛人形を並べ
たのとは違って 内裏雛は屋敷
内 三人官女 五人囃子などは
外に 門外には牛車 門前は
守り人なのでしょうか
このような雛飾りを見たのは
初めて 驚きました
今ではこのような おひな様を
見る機会は皆無に等しいことと
思われます
久しぶりに飾ったのよ との
お言葉に 誘われていそいそと
3月3日のひなまつりの日は
過ぎていますが 4月3日まで
飾ることにしていますと その
恩恵に預からせてもらいました
古い古いおひな様 遙か昔の
世代で言うならば 何代前なの
でしょうか
江戸時代末期のものとのこと
この家の主のお母様のそのまた
先の 何代先か 遠い遙か彼方
200年近い前のおひな様
その時代のものが 現存して
こうして私たちの目に触れる
何年もお蔵に入ったままだったのを 久しぶりに日の目を・・
何でも飾るのが大変なの と古いから ぼろぼろ木くずが落ち
たりするとか でも お顔に傷ひとつなく 痛むこともなく
とても綺麗なお顔です
けばけばしい華やかさはなく 意外と地味で 気品すら感じ
全体的にすごく落ち着きを感じました
ぶらぶらとどんなおひな様なのかと出掛けた8人
向こうの方は丁重に迎えてくださり お茶を指導されていると言うこともあって おひな様飾りで 一部屋占領 その手前の部屋が茶室で お雛様の前でお点前 おいしいお茶を これまた おひな様にふさわしい茶碗 春のふさわしい草花の茶碗などで 桜餅と共にいただき 本当に結構なお点前に 痛み入りました
幸せでした どんなに歳をとっても 足が痛いの 腰が痛いの 目が見えにくくなったのと言いながらも おひな様の席に招待されて 由緒ある雛を見て そのひとときを忍ぶ
矢っ張り女 おんなの子なんだと 痛感しました
幾つになっても女心を 失ってはいない
と或る意味 嬉しかったこと
幾つになっても 女を忘れてはいけませ
んね
お屋敷を後にしても 心はおひな様に
いいね〜 外は もうやがて暮れなずむ
頃 おまけに曇り空 それでも心は軽や
かで お互いに 言葉はなくとも ルン
ルンの気持ちでそれぞれの家路に・・・
幸せ感を 噛みしめて 
おひな様を飾るのは 宮中や上流社会で行われていた上巳のお祓いに関連していた
このように飾るのは 江戸初期以降 女児の成長と幸福を願って民間に広まったそうです
ここの家も 元をただせば 奈良の柳生藩の どこそことおっしゃってました
由緒ある家から お嫁にいらしたのでしょうね
嫁入り道具でしたとおっしゃってました
ひなまつり なにもしませんでしたが 遅まきながら 今日のひなまつり この上ない 幸せな女の子のまつりでした いい年になりそう・・・

花アレンジ〜3月レッスン

いつもより暖かい日

月一回 花のレッスン日 雛月
春の花で満ちるのではないかと
思い通りに 春 はる ハル
チューリップ バラ ユーカリ
真っ白な大輪のスカビオサス 
ラナンキュラス2種 ムギなど
やがて訪れる春爛漫を思い描き
思い思いの心で 楽しんで・・

ムギの穂は初夏の花材かと
思いしも すでに登場
季節が解らなくなる けれど
麦の穂の瑞々しさが 白い花た
ちに 寄り添って 雰囲気を
醸し出している さすが 花の
取り合わせは 本職 花屋さん 
チューリップの色が 赤に近い
濃いピンクのため 他の花と
一緒に挿す事に戸惑いを感じ 別な容器に・・・・・
こうしてみると 同じ系統の色合いでまとめると綺麗ですね
季節が 明るい方を向いているせいなのか なんだかとても
わくわくして いつもなら 話声が消えることなく 誰かが
なにかを話しながら 活けているのに この花は 曲がっている こちら向いてくれない とかなんとか言いながら けれども今日は 皆さんの心に 何かが響いていたのか 声が漏れることもなく だんまり 静かな 静かな レッスン風景
どうしたの?と誰かが問うたところで 声も出ず・・・・・
こんな日もあるんだと・・・ でも楽しかったですよ
レッスン後は 温かいシナモンティーとおひな様にちなんだミニケーキ 
そこで初めて 笑い声と話し声が高らかに響き渡り・・・・いつ果てるのかと思わせる程
けれども 先生のお友達の家からのご招待 昔の古いおひな様を久しぶりに飾ったので見に来て下さいと・・・・
楽しい会話は またの機会にといそいそと そのお宅へ・・・・・
8人で揃って出掛けました すぐ ご近所なのでぶらぶら歩いて
そのおひな様 あしたのお楽しみに
すごい 圧巻 感動 言葉なし・・・・ただ 初めて見る雛飾り
お楽しみに

しゃれた縁飾り

今宵は 美しい月夜

久しぶりに眺める月 十四夜
明日は十五夜 でも満月は明後
日 身近に感ずる雨上がりの月
よく降りました
やっと雨が上がり 薄日が差し
その光の下で 煌めいている花
愛しいクリスマスローズ
なんと 真っ白の花のはず
けれど ほんのりと花びらの
縁が薄化粧されて・・・・
去年は 純白の花が咲いたのに
細かいギャザーを寄せたレース
の縁飾り しかも赤紫がかった
色で・・・・・
なんと愛らしい
頬ずりしたくなる愛おしさ
けれど けれども なぜなの
突然変異なの?
神の悪戯なの?
その美しさ 愛らしさ
言葉 なくし ただ見詰めるだけ
称賛の言葉も ありきたりの言葉しか浮かばず
感性のなさに嘆くとともに 
その気品 豊かさに圧倒されてますます狂ってしまう 
この花に恋をする 恋心を抱く 自らが妬ましい
乙女の恥じらいを通り越し 恋に狂うばかりに 
惹きつけられ 魅せられゆく
見てください 慎ましやかに咲くこの花
でも 何と豊かな情感を持ち 気品に溢れ 清楚なことか・・・
柔らかい月の光の下で 今 静かに眠りについているのか
それとも 今宵は 久しぶりの光に 
光の精と 花の妖精とが 語り合っているのか
どんな語らいなのか 
そ〜っと耳を澄ませば聞こえてくるかも・・・

雨に打たれて・・・・

啓蟄 いつもの年なら6日の

はず 知識としてそう覚え込ん
でいる 今朝の天声人語の記事
を読み うん? 6日では・・
まさか 新聞が間違えるはずは
ない と思った途端 そうです
今年は閏年 29日という日が
4年に一回ありました だから
一日 早くに・・・・・
残念ながら 気温は高かったよ
うですが 虫が這い出す 穴か
ら顔を出すような天候ではなく
全ての植物が 雨の雫に打たれ
しっとりとしていました
虫さんも きっと今日は
やめとこ〜なんて話しているのでは・・・・・
午後 買い物に出掛けると ご近所の門扉の前の梅が 小さな樹ですが 花をつけていました
桃色の花を 露に濡れて震えていましたが それでも愛らしさを失いもせず けなげに咲いていました
ここのお宅では きっと花が開き始めたので 外へ出されたのでしょう
通りゆく皆さん 小さな小さな樹ですけれど 沢山咲きました どうぞ愛でてやってください そんな思いが感じられました 
梅の花は 冬のうちから咲き始める まだ木の花が殆ど咲いていない冬に咲き始め おお〜 ついに梅が咲きはじめた と人の心を強く打つのではないでしょうか
ついに咲いた 春のきざしがみえはじめる そのインパクトが強く 桜と同様に 梅だよりとニュースになりますものね 今の時代はともかく 昔は 暖房も十分ではなかったし 温暖化も進んでいませんでしたから 冬は厳しいものだったはずです 私の子どもの頃を 思っても部屋に 火鉢が一つだけ 後は 茶の間にこたつが・・・・・今から思うと 茶の間以外は まるで冷凍庫のようでしたから 春は待ち遠しい 心待ちにしていたと思います そんな時 梅が咲き始める 心が一辺に軽くなったのでは もう少しの辛抱 頑張ろう と・・・・
いい花ですね この花は かっての詠み人達には 沢山 詠まれています
有名なうたを一句
「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」 菅原道真
そしてもう一句
「人はいざ 心も知らず 古里は 花ぞ昔の 香ににほひける」 紀貫之
哀しいかな 美し梅を眺めても 心はホッとしたものの 詩心は 遙か彼方にて・・・・・
感性は いずこかにゆきし われ哀し 人のせいでは あるまいと去り

スミレの花束

語呂合わせでミシンの日

なるほど確かにミシンですね
NHKの連続ドラマ
「カーネーション」が始まっ
た頃は 主人公のミシンに
寄せる思いが 良く描かれて
いると思いました
庭に咲いたすみれ 美しい 
春を思わせるにふさわしい
濃い紫 すみれ色
野に咲く菫という感じ
高校生の頃 菫が好き好きで
たまらなかった
高校生の時 仲良しだった友
その彼女から ある日 突然
スミレの花束が 目の前に・・・
驚きました ええっ~ 私に? 
くださるの? 本当に?
教室に入って席に着こうとすると 近寄ってきた彼女からのプレゼント 飛び上がらんばかりの喜びよう 嬉しかった こんなことってあるの?
我が目を疑いたくなるような・・・・・スミレの花束を持つ 彼女の笑顔 未だに忘れられません スミレの花を見る度に スミレの花が咲く度に 思い起こします
ああ〜 あの青春時代が懐かしい
何の取り柄もない女学生だったなのに ある時は 机の中に 手紙もこっそり入っていたこともあり 調子が悪く休めば その日の授業のノートは その日の夜 届けてくれたり 彼女が郷里(京都)へ夏休みに帰れば 手紙の往復 しかも彼女から来るのは全て速達 ハートの黒い石が入ったロケットもいただきました 中に 彼女の写真を入れました 今でも持っています
こんなにして 人を愛する 人に尽くす 教えられた思いです
少女時代から 背伸びをして大人に移行する 一つの段階の時期なのでしょう
男の兄弟の多い中で育った武骨な女の子だったのに いい意味での青春だったと 懐かしい
その彼女 すぐ近くに住んでいました なかなか会う機会が無く 会いたいと思いつつ ある時 電話すれば哀しいことに 天の国に旅立った後でした
哀しいけれど その当時 受けた思いやりに感謝して 平安を祈るばかり・・・・
ああ〜会いたかった 昔の恋人に会うよりも懐かしい 愛しい
と思う程 女心をたっぷりいただきました 今のように簡単に 
写真が撮れたなら スミレの花束も 花束を持つ彼女の笑顔も 焼き付けられたのに でも 心のフイルムにしっかと焼き付いています
スミレって愛らしいですね 若き日には このスミレを 詩にしました
詩というよりは 散文詩かも・・・・今も何処かに書いたものがあります
恥ずかしくて 見せられませんが・・・・・
雨の日曜日 スミレもしっぽり濡れていました でも 足音が 聞こえてきます
冷たい雨でしたが もうすぐ春です〜よと 声も聞こえます 
変な話 高校生の時 意外ともてたんだ なんて・・・・・冗談です
恋多き乙女時代 スミレの花咲く・・・・宝塚みたい

黄色い花が・・・・・

冷たい風 春の匂いを包み込んだ風

ああ〜 春近し 陽は柔らかく輝く
女の子の日 ひな祭り
桃の節句 桃の花はまだ咲きもせず
三月三日の節句は もともと中国から
渡来 「上巳(じょうし)の節句」の
お祓い行事 三月の初めの「巳の日」
に汚れを洗い清めて 水に流すと言う
もの それが日本に渡ってひとがたに
災いや厄をうつして流す流し雛になったらしい
雛の日と言えど なにもする当てもなく 傍に女の子がいるわ
けでもなく・・・・・いつも通りの生活 
春めいた陽射しを浴びて庭になんと 菫が咲いていました 
菫のことはあしたにして
ああ〜矢張り 春なんだ おひな様の日なんだと 心浮き立って 
小さな小さな庭を見渡せば 嬉しきかな クリスマスローズが
あちらでもこちらでも そして チューリップなどの球根が顔を
見せ始め まさにルンルン・・・・・
そんな心のまま 買い物に いつもの通り道 ああ〜ここにも春が 
黄色い毛糸が風に揺らめいているような黄色い花が・・・・・
そう いつもの通り道 お店の前に並んだ鉢植えにマンサクの花が
以前 書きました道なりにあるお店屋さん その前にある林檎の木 姫林檎 その隣の鉢で咲いてました 咲き始めたのでしょう 一昨日は なんだか黄色いものが枝の先にちらっと見える そんな程度でした
マンサク(満作 万作)
春に他の花に先駆けて咲くので ”まず咲く花”ということでだんだんと”まんさく”に・・・それに花がたくさん咲くので「豊年満作」から命名 
欧米でも人気があり「魔女の榛(はしばみ)」 魔女とはすごいですね 何故 魔女なんでしょう
花言葉は「幸福の再来」ですって いいですね 幸福の再来とは 幸福は長くは続かないといいます 幸福だと思うことが 何度でも来るのは 大いに再来歓迎ですね
幸福は その人 その人の心の持ちようだと 思っています
若い時からそう思い信じてきました 他人から見たら お気の毒 可哀想と 不幸せの絶頂と思われても ご本人は 幸せかも知れませんもの 幸せは 心の持ちよう いつもどん底はないはず 希望を持てば いつかは光があるはず 
なんだか 春の気配をいっぱい感じ ここ3日程 気持ちが晴れませんでしただけに 余計にわくわくして嬉しくなり 足取りも軽く買い物できました
「まんさくや 小雪となりし 朝の雨」 水原秋桜子作
こんな歌がありました まさに季節を言い表していますよね
1月の末頃から3月の半ばにかけて咲く ああ〜春だと思っても 小雨がいつのまにか 小雪に変わり 折角 咲き始めたのに 春ですよと告げるが如く咲き始めたのに・・・・
雪とは・・・・・冷たい 寒い 縮みそう・・・・
春一番に咲く花は 黄色が多いそうです
あしたはまた雨 雨が降る度に春は近づくのでしょう

黒猫さんのトートバッグ

冷たい雨なのか それとも春を呼ぶ雨か

いずれの雨なのか 細かい雨が一日降り
なんとなく 気分が滅入りそうな日
iphoneのカメラの調子が悪く ショップ
へ日参 上手くいかず新しいのと交換
それは良かったのですが 原因は解決
出来ず 新しい品に変わっただけ
蛍光灯や電灯の明かりに中で撮影すると
色の変化があり 悩みました
先日 近所の雑貨屋さんを覗きましたら
こんなトートバッグが目に入り 心惹か
れましたが バッグは沢山あるし ないから困っているわけでもないのだから 諦めようとその場を去りました でも 目に焼き付いて気に掛かります
デザインされている図案は 私の好きな作家さん またのあつこさん 赤いドアーの窓から黒猫が 顔を覗かせています その外には自転車が・・・・・夢のあるというか 物語があるデザイン なにかを語りかけてくるような お話しが出来そうな この方の作品は いつもそうです 写真を拡大して見てください 黒猫は何を見ているのでしょう
一人でお留守番でしょうか それとも友が来るのを待ちわびているのでしょうか
まあ〜るい大きな目を見開いて なにかお話しが出来そうですね 
この方の作品は すごく特徴があるのですぐ解ります 
とうとう 諦めきることが出来ず 手許に・・・・・早速 使っています 大きい方は 少しトートにバックにしては従来より大きめですが すごく持ちやすくて おまけに軽くて重宝しそうです 袋の内側は 黒地に白の水玉の中袋がついており小さなポケットも二つあります
ちょっとおしゃれですよ 
今日は 若狭のお水送り ですって ご存知ですか
東大寺二月堂のお水取りで汲む霊水を水源 遠敷(おにゅう)川より送る神事 竹筒の水を川に注ぎます 福井県小浜市 神宮寺で この水が若狭湾に下り十日間かけて東大寺若狭井に届くと信じられている 神宮寺は神仏一緒の不思議なお寺ですって
全然知りませんでした 
二月堂修二会 東大寺では一日から 僧侶達がけがれを悔過して行を始める ホラ貝を吹く練習の音も聞こえ始めます そして東大寺のお水とり12日(1日〜14日まで)
いよいよ春です
いろんな神事があるのですね 日本の文化は多種多様です お水とりが すめば春です
待ち遠しいですね あしたは晴れるでしょうか 女の子のお祭りですまもの 晴れてほしいですね