今頃 アジサイ??おかしいよ
時は八月ですよ そう解って
います あつくて暑くて やり
きれない日々です
暦の上では立秋なのに 今まさ
に 夏 真っ盛り それなのに
このアジサイの咲きぷっり
どう思われます?
奥の花はアナベル 6月頃から
咲き始め 最初は真っ白の花が
日が経つにつれライムグリーン
に変わり 今なおこの状態
手前は ハイドランジアのマジ
カル 以前にも何回か報告しま
した 最近 出回り始めた新し
い品種です
マジカルの通り薄いうすい紫を
忍ばせた白からライムグリーン
へ 花が痛むこともなく咲き続
けています
アジサイは 次の年も咲かせようと思えば 早く剪定をしないと
花芽がつきません マジカルは このまま日が過ぎれば 秋も楽しめ
るそうですが 次の年のことを考えると・・・・・ どうしましょう
悩める乙女の状態です
アナベルは このまま切らずに残すとドライフラワーのように冬枯れ
を楽しめる 春に地際の芽まで切り戻しても その年の6〜7月頃に
咲く と言われています
マジカルだけが気に掛かります 夏場 余り花のない時期だけに
小さなガーデンに 彩りを添えてくれるのは嬉しいのですが 難しい
ですね
でも 強いですね この暑さ へたばって枯れていく草花もあり 又
樹木も傷んでいます けれど この元気さ 羨ましいですね
リビングから庭を眺めては いつも声かけしています
「あなた 元気ね〜 どうしてこんなに暑いのに 瑞々しいの その
元気 分けてくれない?」 こんな声が届いているでしょうか
届いているのでしょう 眺める度に 癒され和みます さあ〜 暑い
けれど 頑張るね と思いますから 花の精は 聞き届けてくれて
いるのでしょう
花の行く末をどうするか しばし考えます
今日は 温度が高かったらしいですが 随分と過ごしやすい日でした
焼けるような暑さは感じませんでした
風は まるで秋の風のようでした
月: 2012年8月
東日本大震災追悼詩集
オリンピックがたけなわ テレビ観戦に夢中 眠ることも忘れて
ガンバレ ガンバレと 夕べはと言うよりは深夜とも言うべき時刻
我を忘れてサッカー観戦・・・・・女子は強い 女は強くなったと
言いたいほど鮮やか 華麗なテクニック 気持ちがいいねえ〜
東日本の震災の人たちのために元気を 勇気を・・・・と
東日本大震災 その傷跡は癒えることなく 苦しみの中に在る幾多の
人たち のうのうと暮らし テレビを観て 眠る時間がないとか
贅沢な言葉を吐き出して 私たちになにが出来るのか 街頭の募金活
動もいまはなく と言って歳老いた身 ボランティア活動も出来ず
何をしてあげられるか 阪神大震災を味わった身だけに 余計に心
つまされる 唯 神に祈ることだけしか出来ないのか 神に祈る
いつでも出来る もっと形に出来ることは・・・・・
先月9日にここにエッセイを読んだことを話しました そのエッセイ
の一つ 内舘牧子著「二月の雪、三月の風、四月の雨が輝く五月を
つくる」の本の末尾のあたりで書かれた言葉
〜「仙台で一冊の詩集を手渡された 表紙には「東日本大震災 追悼
詩集 沈黙の海 菊田郁」とあった書き出しで 中味が紹介されて
いました 今 本が貸し出し中なので よく覚えていませんが 作者
更に〜泣けて困った詩がかかれていました「夜明けに雪が止むと/青
く澄み渡った夜空に/いつもより多くの星が/ささやくように/光った
その日/たくさんの/たくさんの命が/空に昇った」3・11の夜更けは
「星がきれいだった」と多くの人が言う 誰の目にも いつもより
多くの星が見えたのは「死ぬと星になる」という証かも知れない
3・11を風化させず自分になにが出来るか考えたい と まだまだ
書いてありましたが 最後にこの詩集は 連絡すると送料込み
一冊800円で購入出来る その内300円は「みやぎ育英募金」の
震災孤児基金におくられる
これを読み終わった時 すぐに 作者の方のところに電話を入れて
申し込みました これなら私にも協力が出来ると思い・・・・・
送付は7月の末頃になるとの事でした 勿論 それでもいいと返事を
して待ちました それがやっと 今日 届きました
50ページほどの小さな本です 一字一句の言葉が心にしみ渡ります
本で読んで知っただけでどの様な本なのか ですから 少しだけ注文
しました 皆さんにお見せして読んでいただけるようなならば また
注文しようかと 昨年 出版された手作りの詩集 それでも 今日ま
でに 寄金は90万円を超えましたと手紙が添えられてました
どの詩を読んでも 心震えます 涙します 考えさせられます
いかに命が大切か もう帰ってこない多くの命
私にも出来た 一つの小さな ちいさな ボランティア
不思議な虹
台風の影響で まるで蒸し器の
中でむされているお芋さん状態
じっとりと滲んでくる汗
ふかし芋が出来そう 見るから
にまずそうな・・・夕方 雷と
共に雨 少しは涼しくなったで
しょうか 庭の水やりが省けた
だけ助かりました
気分的に鬱陶しい天候の中
友人から送られてきたメール
昨日 外出の帰り電車の中から
見た夕焼け雲が綺麗だったと
のメール 嬉しい便りでした
本人の承諾をもらっていません
が 許していただけると信じて
〜甲山のすぐ上の夕日のオレン
ジ色とピンクとグレイの濃淡が
重なり合って、その色が淡く
やさしく 初めて見たように思います・・・・・心が和らぎ
ました〜と 記されていました
私は見ていませんが 自分が見たような感覚になり その情景が瞼の
裏に広がり絵が描けるような気がしました その情景を見た彼女の
心の内が読めるような気もしました 勿論 勝手な憶測ですが 心が
ふるえたのではと・・・・ それと同時に 五年ほど前に見た太陽の
不思議な現象を思い出しました
2007・3・16 Pm3時半頃 服部緑地公園内で
その時の様子を次のように記しています
〜ふと見上げた空に見事な虹が出ているのに驚き とその珍しさに
おののき震え得も言われぬ感動しました
帰宅後 興奮冷めやらぬ中 気象台まで電話して問うたが 解らず終
い しかし 後日 新聞にそのことが載っていた
「太陽を囲むように虹色の弧が左右にあらわれる「彩雲」と逆さ虹と
も呼ばれる{環天頂アーク}が同時に観察された 二つが重なるのは
めずらしいことで 古くはめでたいことが起きる前兆とされた」と
記事が書かれていました
上段の写真が 環天頂アークです 一番下の写真は 彩雲でその少し
離れた場所に「アーク」がはっきりと観られ 言葉で言い表せない程
の感銘を受け 不思議な心にとらわれた
宇宙の神秘さというか 自然現象のすごさ まさに神業
心が吸い寄せられるほどの恐ろしさもおぼえた〜
以上 当時 記した文章そのままです しかもその日は一滴の雨もな
く気象台でも雨は観測されていないと言うことでした
当時 携帯ですぐに新聞社に送っていたら ニュースになりましたの
に カメラで撮ったのをパソコンに入れて送ると言うことが早業では
出来ず残念でした でも新聞に載っていた写真より綺麗でしたので
ちょっと嬉しい まだ携帯を持っていなかったのでは???・・・・
大阪科学博物館へも連絡すればよかったと後で知りました
とにかく何事?とまずは恐怖心にとらわれました
逆さ虹が・・・そして太陽の周りを円を描くように虹が出ている・・
なにも解らない者にとっては 天変地異が・・・・恐怖でした
けれど 素晴らしく美しく あの時の心の揺らめきは忘れません
おそらくもう二度と見ることはないでしょう
空が好き 子どもの時から 秋風が吹きはじめた頃の夕焼けは
またとない美しさがある 子どもの時 焼け野原で見たあの夕日
夕焼け雲 忘れられません 秋桜が揺れてました
なびいていました
自然は 恐ろしいけれど 美しい 誰があの宇宙を・・・・・
碧い空を 夜空を・・・・・神が・・・・
夜空に広がる華
八月最初の日曜日 主の聖餐日
心も晴れやかに(?)いそいそと教会へ
まるで心の内を見透かすように晴れた空
青空が広がり 所々に雲が浮かんで・・
雲は 各々好きな場所を決めて居座って
いる 六甲の山々も稜線がはっきりと
描き出されて見るからに気持ちのいい朝 台風の影響で風も適宜に吹き寄せて
だが 教会へ赴く足取りは 本当に軽い
のか いささか 心が重くなってくる
信仰心の薄さのせいでもあろうか
でも 暑い 暑さのせいか・・・・・
きのうの夜は 淀川の花火大会
賑やかな音が鳴り響いて体を揺さぶる
オリンピックのテレビ観戦するつもり
で居座っていたものの ついに地響き
の如くうなり声に負けて 腰を上げて
花火観戦に 私としたことがカメラを
持たず 下駄をつかっけ速歩で・・・
終わってしまう 夏だけの風物詩
やっぱし味わなければと・・・・
川面を渡ってきた風は 爽やかで気持ちがよく 夜風がまさに心身共に
リフレッシュしてくれる 昼間の暑さ
も吹き飛ばし 矢っ張り見てよかったと 帰りはふらりふらり 風に
身を任せて・・・・・
外国でも花火は いろんなところで打ち上げられていますし また
オリンピックの開会式などには賑やかに 夜空を焦がしていますが
日本の花火が 一番情緒があるような気がします
子どもの頃から 花火を見に毎年のように出掛けていたから 余計に
そう思うのでしょうか 子どもの時は 花火大会の日は 夕飯もそこ
そこに出掛けたり 夕餉の支度が遅れていると 母親を早く 早く
ご飯にしてよ〜 始まっちゃうわよ〜と 泣きごとを言い せかした
ことが 昨日のことのように 甦って来ます 浴衣を着せてもらって
あの時は嬉しかった 浴衣姿 下駄 うちわ 風情がありますよね
まあ〜ほんの僅かな時間でしたが 今年も味わいました
浴衣も うちわも関係なく 普段着しかも下駄履きスタイルで・・・
写真は一昨年 同じ場所で写した物です
今年は 手ぶらでしたから 残念でした
何故 このように 花火に魅せられるのでしょう
なんとも言えない物が 心の奥に きゅう〜んと 突き刺さるの
でしょうね 心の中を鷲づかみされるような感覚でもあり しっとり
とした心根にしてくれる 優しい情緒もあって・・・魅力満天ですね
蝉のなきがら
今日も暑いねと言いたいけれど
思ったよりは暑さを感じること
がなかったようで・・・・・
むせかえる空気の淀みがなく
少しは楽だったのでは
夜に入って 淀川の花火大会の
音が お腹の底に爆弾のように
響いてくる その音につられて
近くの堤防まで よく見えます
わざわざ淀川縁まで行かずとも
打ち上げ花火は 充分堪能でき
ます その時の夜風の涼しさ
秋の風のように爽やか・・・・
家に戻って 窓を開け放ち
オリンピックの男子サッカーの
試合をかぶりつきで・・・・・
手に汗を握るいい試合
その汗を窓から忍び込む夜風が
拭い去ってくれる
酷暑の毎日 こんな日があると
ほっと一息でき 暑い日であろう明日からの生活の営みにも元気が
出て おお〜頑張ろうという気になりますね
自然は素晴らしい物をプレゼントしてくれます
今年は蝉の大合唱を余り聞きませんが それでもここ2〜3日 鳴い
ています
以前は すごい蝉の鳴き声で 電話でもかかってくると 話が聞き
取れないほどの合唱で 窓を開けて うるさい!静かにして! と
叫びたいぐらいでした 蝉の抜け殻も 減りました 蝉にとってまだ
まだこれからのシーズンなのでしょうか
夕方 水やりに庭に降り立つと 紫陽花の花に蝉が・・・一匹だけ
側へ寄っても飛び立ちません よくよく眺めると すでに命を終えて
いました 可哀想に でも 決められた命が終わったのでしょう
花の上で命を終わりにするとは しゃれてますね 美しい物の上で
花びらに抱かれるように死して さぞかしよき人生だったのでは
勝手に思いました 花たちに水をあげてもそのまま いつまでそこに
いるのでしょう 地上に落ちれば 蟻たちが始末するでしょう
まあ〜 どうなるか解りませんが 自然に任せることにしました
蝉も 長い年月を経て 地上に顔を出して脱皮する時は 樹木の上と
信じていました すぐに樹液がすえるでしょうから 栄養が補えます
けれど最近の蝉たちは 方向感覚がないのか 変な場所で羽化してい
ますね まあ〜 こちらはどうしてあげることも出来ませんから
お好きな場所でどうぞ〜です
最近 子どもが虫かごと虫取り網を持って走り回る姿を見かけません
なんだか淋しい気がします 蝉 蝶 バッタ いろんな物を捕まえ
手に触れ そこから命の大切さも学べますのに・・・・・
我が家の子ども達は 夏休みには駆けずり回るほどでしたのに・・・
生き物を捕まえ 育てたり 或いはそこで死に直面したりして いろ
な事を学んでいくのでは・・・・時代が変わっただけでしょうか
ゴボウの天日干し
相変わらずの天気 恨めしい
ほどの晴天続き
碧い空は 高く澄んで白い雲が
浮かんで気持ちがいい
けれど この暑さには参ります
なんとかしてよ〜と叫びたい
この写真 なにか解りますか
ささがき牛蒡です
ゴボウのお茶が体にいいと聞き
早速 試してみようと実行
ゴボウのお茶にはすごいパワー
があるとか 若返りの妙薬とか
実際にはどうなのかは 試して
みた方に 聞いたわけではない
ので 実際には解りません
牛蒡は 体にいいと 昔から
聞いていました 特に根菜類は
食べるとよいと それは若い時
から 頭に入っていたので
なるべくそれらを多く食べるようには 心がけてはいました
その根菜類の内の一つ 牛蒡をお茶にして飲むと いろんな効能が
あるとか まあ〜事実はわかりませんが 悪い食べ物ではないし
下手なサプリメントを利用するよりは 手軽でいいのではと・・・
牛蒡を洗い皮のままピーラーでささがきにして天日で半日干す
その後フライパンで煎る その煎った牛蒡を急須に入れてゴボウ茶
の出来上がりとか・・・・・
まだ試していません でもほのかに牛蒡のいい香りがするそうです
たまたま牛蒡がありましたので 昼食後 ささがをきして 夕方まで
ほしました かりかりになっています これからフライパンで煎って
みます 太りにくくする 染みが消える 冷え症を改善 血管を綺麗
にする 便秘にも 効能が色々あるみたいです
牛蒡の皮に含まれるサポニンがいいとか・・・・まあ〜お水を飲む
そんなつもりで飲んでみることにします
皆さんは なにかサプリを利用されていますか 或いは健康によいと
言うことを実行されていますか
いつまでも健康で しゃきしゃきとしていたい 若く 活発に過ごし
たい 望みだけは立派ですが 思うように実行は出来ません
年老いていく体を いかに上手に使って歳を重ねるかが問題ですね
この世での命を終えるまで 自分の体は 自分で思うように 自由に
動かしたいですね 日頃の精神の持ちようも ある意味大切ではない
かと 最近 実感しています ああ〜もう駄目だなんて思うとアッと
言う間に坂道 転がっていきますから 暑い夏 負けないで体に
注意しつつ 過ごしていきたいですね
雲 綺麗な雲でした
碧い空 気持ちがいいですね
気持ちがいいけれど暑いのは
困りもの でも考えようかな
曇り空 厚い雲が垂れ込めて
頭を押さえ付けられるような
空よりは 晴れてブルースカイ
を眺める その方がいいよね
先日 刷毛で掃いたような薄雲
をしばし眺めていた話をしまし
たが 今日は またまた全然
違う雲 空模様 面白いですね
相棒の車で外出 その時眺めた
雲の様子 おお〜今日は入道雲
とカメラを・・・・
でも違いますね 入道雲では
なく写真集を見ると 高積雲
または層積雲かな?
でもよく解りません 綿雲?
羊雲? どうなんでしょうね
けれど 層積雲でないことは
確かのようです この雲は
曇り雲だそうですから・・・・
まあ〜どんな呼び名でもいい事
美しい空を眺め 浮かぶ雲に
想いを馳せ 夢を描き 大切な
物をイメージし 心癒されれば
それでいいのでは・・・・・
オリンピックの競技がたけなわ
どの競技を見ていても 特に
自国の活躍は 気持ちがいいですね この日の一瞬のために 鍛えて
精進して苦しい日々を送って・・・・・勝っても負けても拍手喝采を
送りたいですね 並大抵の努力ではないことが解るだけに 柔道の
ように一瞬で しかもたったの5分で決着がつく なんとなく理不尽
のような気がしますが 負けた選手を見ると この四年は鍛え 磨い
てきた日々・・・・なんだか 可哀想な気もする
けれども彼らは 悔しいであろうけれど 大きな物を得て 彼らの
人生に必ずプラスになって生きてくるはずなのでは・・・・
いい経験でしょう 他人事みたいに言いますが・・・
オリンピックのお陰で 寝不足なのでしょう 今朝も 七時には目が
覚めましたが 起きるには まだ少し早い なんて思っている内に
睡魔に捕らわれ 再び目を覚ました時は なんと10時 なにして
いるのでしょう 慌てて飛び起きました
幾つかの試合を 選手達を見て思います 負けた時の顔 涙 そして
笑顔 喜びの顔 悔しさを滲ませた顔 どの顔も すごく綺麗ですね
目が輝いて いい顔をしてますね
さあ〜どの種目を中心に見ましょうか 楽しみです
スターウイーク
今日から八月 夏真っ盛りの八月 いろんな事がある月
心に残る終戦記念日 原爆の日 敗戦から半世紀以上過ぎた今
いろいろな問題を抱えて この国は何処へ行くのでしょう
戦いに敗れ どん底から這い上がって築き上げたその努力 でも或る
意味奢りの精神も生まれ さまよいはじめた日本 先行き不安ですね
八月 葉月 旧暦の八月は新暦の九月 そろそろ秋の気配 木の葉が
色づき始める頃 その頃はツバメは南に去りゆくでしょう
そのかわり冬の鳥が賑わいを見せる だが 現実は 暑い夏 そして
残暑が一段と厳しくなるのでしょう
暑い 暑いよ〜というまに 月日はまたたく間に過ぎゆくのでしょう
心引き締めて生活しないと・・・作品展を控えた身はつらい事に・・
この月の1〜7日まで スターウイーク(星空週間)
星の綺麗な頃です 天の川が 綺麗に見えるのでは・・・・
七夕の頃は 梅雨時 なかなか美しい天の川は 見ることが出来ませ
んものね 織り姫と彦星の逢瀬はままになりませんもの
天の川は 国によって いろんな呼び方があるようです
中国では 銀漢 エジプトでは ばらまかれた麦の穂
死者の魂が 星空に運ばれる時の「魂の道」と呼ぶところもあるそう
です
これからは日ごとに天空が美しく 透明になり 星の輝きも一段と
増すのではないでしょうか
暑いと言いながらも 時には夜空を仰いでみるのもいいことなのでは
いろんな星の物語がありますが ご自分で勝手に作ってみるのも面白
いかも・・・・・如何ですか
以前にもお話ししましたが キルトで星をイメージして 作品を作り
かけています 今 ボーダーのキルトまで進みました なかなか捗ら
ず 何年越しになるのやら この秋までに完成するのでしょうか
周りのボーダーは 星と天の川を膨らませました
ああ〜 先の道のりは まだまだ遠く もう 投げ出したい思いすら
湧きます でも弱音は吐きません 必ず仕上げます そうでなければ
ここまでの 労苦が実りません
台風の影響で 風が強いけれど 湿気が多く 蒸し蒸ししてました
明日も暑いとか・・・・・

















