りんどう咲いて恋を知る

「りんどう咲いて恋を知る」
この言葉 ご存知ですか?
何処かで聞いたことがあると
思われた方や 知っているわと
言われる方 いや知らないと
いろんな方がいらっしゃると
思います
高校生の頃から この言葉を
知っていました 何処の言葉で
どうしてその様に言われるのか
何も知りませんでした
唯 竜胆の花を見ると自然に
この言葉が浮かんできますし
若き日には 良く例えに使い
ました 友達同士で 竜胆が
咲いたの と・・・・
月よりの使者 と言う歌謡曲
の歌詞の一部でした
「白樺ゆれる高原に
 りんどう咲いて恋を知る
 男の胸の切なさを 
 啼け 啼け山鳩 幾声も」 作詞 佐伯春夫 作曲 佐々木俊一 
この歌から来たのだということが解りました
良く口にしましたし いつの時もりんどうを見ると この言葉が
頭を過ぎるのに 元の歌は 全然知りません 聞いた記憶もないし
メロディーも浮かびません
みんなで口ずさんだ記憶もありません 誰が 日常生活の中で使い
始めたのでしょう
でも いい言葉ですね りんどう咲いて恋を知る
今頃の季節にふさわしい言葉 綺麗な言葉ですね
昔から言い伝えられている 諺のようなものなのかと思っていました
この歌は いろいろ話があるみたいです 文学者や映画や・・・・
それらをかけませんが  歌は4番まであります 最後の歌詞は
「幾春秋をさ迷えど  まことの縁(えにし)結ぶ日は
 月よりの使者 思い出の  竜胆 抱いて来るという」
恋の哀しい歌なのでしょうか
竜胆は古くから 薬草になって漢方薬として使われているとか
伝説で 日本にも古代ギリシャにもあり いずれも竜胆の根を薬と
して使われ始めた イタリアの西部イシュリアの国王が 領民の間に
流行ったペストを抑えようと山に分け入り神に祈りを捧げ矢を放つと
矢は竜胆の根を貫いて その竜胆を神の啓示と信じて 与えたところ
たちどころに効き目が現れ病気が治まった その後薬草として用いら
れた 日本でも同じような話が日光の奥山であり 試しに病人に飲ま
せたら優れた効き目があった と日光では 霊草になっている
以前に 葉鶏頭の話しをしました時に 一緒に求めた竜胆 やっとこ
こまで 花開き始めました
花言葉は 悲しんでいるあなたを愛する 悲しんでいるあなたに寄り
添う 正義  だそうです
不思議な花ですね でも秋の花 いよいよ秋本番でしょうか
やっと夏にさらば となるのでしょうね 長い夏が終わり もうすぐ
中秋の名月の日が・・・・・ わくわくする反面 なんだか
しんみりとしてロマンチックな思いに囚われそう
りんどう咲いて 恋を知る 皆さんは 如何ですか
メロディーも知らず 我が頭の中で 一人歩きの言葉かな?
でも いい言葉だから いつまでも残っているのでしょうね

夕映え

高きところに登り眺めた空
山々の高き処ではなく 都会の
ビルの谷間から眺めた空
やがて夜の帳が降りなんとする
薄暮 遙か下に見える地上では
まさに薄暮 太陽の光すら最早
なく 暮れなずむ空気だけが
漂う すでに遙か彼方の山は 
とっぷりと暮れゆき 山脈の
稜線を 微かに柔らかい曲線
で描き出している
けれどそびえ立つビルは 燃え残る陽の
光を浴びて なんて柔らかく暖かくしか
も優しさを醸し なんとも言いがたい郷
愁をそそり その美しさに思わずカメラ
を向け・・・・・
太陽は 残り火を燃やす陽はいずこに
ビルの影に隠れて何処にも 姿はなく
唯 ただ都会のビルを茜色に染めている
美しい 
茜色に染まった空や雲は 茜空 茜雲と
呼ばれるが  茜色に染まったビルはな
んと呼ぶのか 
こんな歌が万葉集にあります
「茜さす日の昏れ行けば術をなみ千重に嘆きて恋ひつづぞをる」
茜さすは 日 昼 照る 君 紫などにかかる言葉と習いましたが
この歌の意味はともかくも この高いビルから眺めて夕暮れの空を
ビル街を見やって 夕映えという言葉が 心に沸き立ちました
夕映え 夕日の光を受け まわりの物が美しく輝いて見えることを言
うと物の本に書かれています まさに夕映え 美しいと思いませんか
暮れゆく都会の空 こんな光景を見ることはなかなかままになりませ
んが ふと上がったビルの15階から見た光模様
ゴミゴミした都会の雑踏の中では味わうことが難しい 薄汚れた空気
ほこり 排気ガス 騒音 全て煩わしさが消え ひかる残り陽の輝き
目も 心も洗われた面もちでした
ビル街を離れたら きっともっと美しい夕焼けだったかも
雨風が去った後の透明感が もたらしてくれた贈り物だった
のでしょう
一日 出掛けたものの 予定の事が達せられず残念でしたのに 
その心をねぎらうが如く 神様が 送り届けてくれたプレゼント 
恵みに感謝して

水の女神〜ヤブラン〜

朝から雨が降ったり止んだり 忙しい
お天気 時折 陽も射して・・・でも
近辺は 大雨警報やら 避難準備やら
大変な様子
近くの川はきっと増水していることで
しょうね
スクッと立つ姿 如何ですか スタイル
がいいですね
朝夕の秋の匂いに目覚めて顔を出し始め
ました まだ 完全に開いてはいません蕾のままです 乙女のようですと言いた
いけれど 花の雰囲気は何か違いますね
ヤブランです どうも名前が良くありま
せんね まるでヤブの中で咲く花のようで・・・でも 木が生い
茂った奥深い処でも育つからヤブの中で・・・から付けられたとか
でもこのヤブラン 素敵な名前を持っているのです 以前にも書き
ましたが 別名 リリオーぺ ギリシャ語ですって
ギリシャ神話に出てくる女神の名前 しかも 美しい水の女神 
立派な名前ですね 水辺にすらっと立ち尽くす女神の姿が 忍ばれ
る そんな雰囲気を持っています 細い葉の間から いつのまにか
顔を出し 気が付くと紫色の蕾を一杯つけた茎が立ち上がって・・
最初から 根元から蕾をつけたその顔で姿を現すのか 否かも定か
ではありません 毎日 庭を見ていますのに気付いた時はこの姿で
す 女神らしく 奥ゆかしいのでしょうか
10・9・25日に書きましたが その時の写真は 蕾ではなく
もう少し花が開いていたように記憶しています よろしかったら
アーカイブで見てください 
このヤブランが咲き始めれば いよいよ秋本番です 嬉しいですね
でも こちらは いよいよ火の車になってきました 作品が思う
ように進まず 気持ちばかりが駆け足しています
果たして間に合うのでしょうか ゴールインできるかな?

再び白のリコリス

台風の影響でしょうか 強い風
が吹いていますわりには 蒸し
暑くじっとりとした汗が滲む嫌
な天気 
湿気が多いからでしょう
まずは最初にこのブログを読ん
でいただいてる方へ 
このページを開けてくださった
ついでに15日付けのを 読ん
でください
馬鹿みたいに 一所懸命 書き
ましたのにアップするのを忘れ
ていました 慌てて本日アップ
しました 
ボケが来たのでしょうか
白のリコリスを写真に撮り 先
日はどのように記したのかなと
ページを見ますと なんと影も
形もない どうして?何故?と
慌ててダッシュボードを見ます
とそこに鎮座していました
2009・5・5日から書き始めました ボケ防止に書いてみよう
ボケ予防にいいのではないかと勝手に思い これから書くぞと威勢
良く宣言 書くだけではなく カメラが好きだから写真と共に その
時の思いを書いてみよう うまく書けるかな? 写真が上手く処理で
きるかな? 不安はいっぱい でもやってみようと決心しました
それも思いついた時や写真が上手くとれた時だけ書くのではなく 
毎日の日課にしようと 自らに枷を・・・旅に出た時や病にかかった
時以外は 必ずと・・・・・
そして今日まで続いてきました それなのにアップするのを忘れて
効果がなくボケが始まりしかな
今 憧れているカメラ メーカーはともかく 一眼レフカメラに興味
をそそられています いつも写真を撮るのは 皆さんがお持ちのと一
緒と思う(違っていましたらごめん)コンパクトデジカメ 大きな
一眼デジカメラは持っています でも 上の写真にあるぐらいのが小
型が欲しいのです 相棒のカメラです 相棒は子ども達とお嫁さんと
3人で共同でプレゼントされて持っています
毎日 何処へ行くのも 近くの郵便局やスパーに行く時ですら持ち
歩きます 何処で 興味ひく被写体に巡り会うかと・・・・被写体
との出会いは一期一会です
相棒は滅多に持って歩きません ですからちょっと借りてみました
生憎 外出することもない一日 借りて使い方を説明を受けたのだか
ら 何かパチリと・・・被写体を探して 庭で 先日(15日)の
彼岸花の蕾が 見事に開いていましたので・・・・・
バックが悪いから 写真写りも良くありませんが 見事な咲きっぷ
りです 一本の花茎からこれだけの花が咲けば 立派でしょう
愛でてください 愛おしい思いでシャッターを押しました

庭木の手入れ

朝夕かなり涼しくなり 夜の帳
が降りると待ってましたとばか
りに虫の演奏会が賑やかに始ま
りますが しかし 昼間の暑さ
は尋常ではありません
日曜日 9月に入ってはや3回
目の日曜 主日礼拝の日
朝から強く照りつける陽射し中 教会へ・・・・・
お天気が良すぎて目映いほどの
晴れやかさ まだまだ本格的な
秋は 遠い先なのかと思いつつ歩んでいると 教会のすぐ近くの家の
前で 庭木の手入れが始まっています 
矢っ張り 秋は来ている 唯 目に見えないだけ 暑さにとらわれて気付かないだけなのかも
秋になると一斉に始まる植木の剪定 家々や 公園 街路樹と植木や
さんは大忙し ここの家は一番乗りみたいに感じましたが・・・・・
街を歩きますが 家々の葉刈りを見たのは 今年は 今日が始めて
朝早くから仕事をされていたのでしょう かなり進んでいます 手前
の松はまだでしたが 垣根は綺麗に散髪されて気持ちよさそう
こんな光景を見ると 秋が近づいている 駆け足でやって来そう
そんな感じすらして 植木屋さん 裏の方に廻っているのか 10時
少し前だから 一服されているのか 姿は見えませんでしたが ご苦
労様ですと 声かけしたい気分でした 
また 暑い中 汗をふきながら歩いていましたけれど 切り取られた
みどりの枝葉の香りが あたり一面に漂って まるで森を歩いている
かのようで 気分爽快でした
切り取られた枝葉は ゴミになるのでしょうが 陽の光を一杯に浴び
て ちょっとした癒やし効果があり まさにアロマテラピーですね
ほんとに 緑の香りっていいものですね フンフンと鼻を大きくして
一杯 吸い込みたかったなあ〜 暫く そこに立ち止まって・・・・
でも そうは参りません 礼拝の時間が迫っていまので立ち去りまし
たが 帰る時はもう片づいていました 残念でした
やがて我が家にも 植木屋さんが来て手入れして下さることでしょう
その頃には マイガーデンの手入れが忙しくなるのかな?
今日の午後の空の様子 駅のプラットホームで切り取りました
気持ちの良い雲の流れでしたよ

白いリコリス〜彼岸花〜

暑い日々 いつ秋が・・・
なんてつぶやきが多い日々
この夏の始めから8月の半ば頃
まで 庭に出ても蚊に攻められ
はしましたが 数的には大した
数でなく 花殻積みも出来まし
たのに お盆過ぎあたりから
猛烈に蚊の量が増え 庭に出る
こともままにならないほど・・
蚊に好かれるタイプなのか手や
足に 蚊が一瞬止まっただけで
もあちこち赤く腫れてたまらず
水やりは 相棒にお願いしてい
ます
珍しく庭に降り立ち ゆっくり
とあたりを見渡すと・・・・・
暑いというつぶやきが 嘘のよ
うに庭の花たちや木々に 秋が
忍び寄っていました
自然はすごい 萩の花の蕾が膨
らんでいます そして 庭の片隅に いつのまにか彼岸花が咲いてい
ます 元気を取り戻したのでしょうか 暑い時は ぐったりしていた
薔薇も大きな花を咲かせています ああ〜 忘れずに巡ってきた秋
気温は高く 暑い日々 だけど自然は 文句も言わず季節を送り届け
てくれます 神のななさる業 感謝せねば・・・・
夏の始め 否 春の終わりかけにリコリス(彼岸花)の白花の球根を
見つけ求めました 赤いいわゆる従来からある曼珠沙華はあるので
白が珍しく 嬉しく求めたのに 植え込むのはまだ早いと思っている
内に忘れ お盆も過ぎてから慌てて植え込みました
なんとそれでも 忘れずに元気に咲き始めました 赤い従来の花と比
べると 少し違いますね まとめて植えたらきっと綺麗だと思いまし
たが 残念に2つしかなく 2個の球根 でも 花茎は2本出ていま
すから 二つとも命が助かったようです 遅い植え込みだったので駄
目かと思っていました 人間もそうですが 命あるものの生命力はす
ごいですね そんじょそこらで死ぬもんかと言う気構えを感じます
彼岸花が咲き始め もうすぐお彼岸 暑さ寒さも彼岸まで・・・・
もう少しの辛抱でしょうか 
白い彼岸花 美しいですね 清楚で 赤い花とはまた違った雰囲気を
醸し出しています 手入れのいらない花 彼岸花は 嫌いという人も
多くいますが 白いのはいいですよ 暑さ残れるなか白い大輪の花が
咲く とても爽やか 良き風を送ってくれます

今年も大きな実が・・・・・

午後からの蒸し暑さ 湿度が
ぐんぐん上がって不快感上昇
すると俄に空が暗くなり始め
雷鳴が響いたと思った途端
激しい雨 いやはや驚き!
なんと表現したらいい天候なの
でしょう
突然の雨模様に困った人も多い
事でしょう 訪ねて来た友も
電車から降り立った時は 小雨
程度 大丈夫と日傘兼用の小さ
な傘で しかし僅かな距離なの
に傘は役にたたず 全身ずぶ濡
れの状態 大変 時が経てば雨
は上がり 涼しい風が・・・・
間が悪かった友に なんだか申
し訳なく痛み入る この頃の天
候はおかしいですね

毎年のように話題にしています大きなレモン 
今年も年の初めの頃に 書いた記憶がありますが 今年も立派に 
ぶらりぶらりと枝からぶら下がっていました
今まで何回となく しかも月に最低でも2回は通る道なのに 未だに
花咲く姿におめにかからず 春には 咲くであろう花を眺めて見たい
ともう何年も 思い焦がれているのに その頃は でかいレモンの事
は脳裡から消え去っているのでしょう 花から小さな実に結実しても
気付かず 今頃の大きさになって やっと気が付く始末
大きな実が 塀を乗り越えて道に進出して始めて気が付く なんて
へまなこと ここ2〜3年そう思って過ごしています 暮れ頃には 
黄色に衣変えして ああ〜今年も元気に実ったのねと 馬鹿丸出しの
挨拶を送る きっとレモンの方は 花が開き始めた時から 声を掛け
ているのよ いつも知らん顔で通り過ぎるのね あなたなんか知りま
せんよと そんな顔で・・・ そんなつもりはないのよ 知らん顔だ
なんて・・・ごめんね でも大きくなって 今年も立派よ 拍手喝采
これからは 道行く度に気にとめることでしょう
でも あなた お味はどうなの? 美味しいの? レモンの香りが
するの? レモンの木だから レモンの実だから香りもお味もレモン
よね・・・・・今年の夏の日照りは如何でした? 左右している?
今度からご挨拶を忘れずにしますね ですから元気でね
雨が上がり 夜露を一杯に吹くんだ葉影で 秋の虫が大合唱
月は 細い細い月 闇夜に近いでしょう
このまま涼しさが続くことを願って

犬の行水

相変わらず暑いこと
昨夕は 涼しい風が吹き巡り
喜んだも束の間 今日はまた
また夏に逆戻り 何処かの
学校で運動会の練習中に気分
が悪くなり 病院に運ばれる
騒動が・・・体調不良がなん
と131人も・・・もう9月
も半ば 考えられませんね
気象も異常でようが 人間も
鈍ってきましたね
人間ばかりではなく 動物も
だそうで・・・
午後 友人宅で集まりがあり
出掛け その夕方 帰り道で
出会った犬の水浴び?行水?
なんなの? どうしたの?
一瞬 目が点になりました
気持ちよく手入れされた庭が
目をひき 楽しみにして眺め
ては 感心して通ります
角地でぐるっとフェンスなの
でよく見えます
それがなんと 花壇の横で犬の
水浴び・・思わず声かけました
こうするのが毎日の日課なの
とても喜んで・・・これをしな
いと死んじゃうの とのお話し
びっくりしました 静かに水に
つかっています しかも肩までと声をかけると肩まで沈みます 
面白いでしょう 
よほど気持ちがいいのか うんともすんととも言わないで うっとり
しています 一日に2回する時もあるのですよ 
可愛いですね 幸せな犬だこと 
この暑さ 人間も うだってしんどくなりますもの 犬も同じなの
でしょう 犬の体を洗う シャンプーはしますが 毎日 水浴びとい
うのか 行水なのか 或いは入浴というのか・・・してあげる家族も
大変でしょうが そこに家族の愛があるのでしょう 
或る意味 愛に包まれて 幸せな犬ですね 
でも しなかったら死んじゃうの この言葉に驚きました
愛がなかったら 優しさがなかったら どうなるのでしょう
この犬は 道行く度にに見かけていますが 短毛ですから 水からあ
がったら自分で ぶるるんとふるったらお終いなのかな
近くにタオルも何も置いてはありませんでしたから・・・  
ゴミバケツにつかる犬 面白い風景 
何をなさっているのかと思った程 でも 犬のためにされていること
いつからこのような習慣が生まれたのでしょう 
ちょっと 微笑ましい光景でした

道、果てるまで

「八十歳を過ぎてなお、今も旅
を続ける老人と路上ですれ違っ
た。私は言った。「お元気そう
ですね。まるで少年のようだ」
老いた旅人は少しはにかんだよ
うに笑い、こう応えた。
「少年になるまでに、八十年か
かってしまった」

旅はするものである。

今から丁度 10年前 本屋の店頭で手に取った本 
まずはタイトルに惹かれて 「それでも世界は美し」 戸井十月著
タイトルがいい どんな本だろうと そ〜っとページを開くと四角い
囲みの中に faraway と横文字 その下にToi  Jugatsu そして出版
社も横文字で 白い紙ではなくクリーム色の紙面に おや しゃれて
いる 次のページは 日本語でタイトルと作者名が さらにめくると
上記の言葉が書かれていました なんという本 たちまちに心惹かれ
読んでみたい思いに駆られました それから目次 本文と・・・・
所々にカラーの写真が挿入 いろんな処を旅した時の人との出会い
その国の状況 いろんな事が書かれているようでした 唯 読みたい
その思いに求め読みあさりました 心強く打たれた記憶が頭に残って
います 最後の文章 こんな風に書かれ 締めくくってありました
「貧困があり、飢えがある。自然破壊があり、殺し合いがある。
 この世は全く不平等で、理不尽に満ちている。 
 しかし、
 それでも世界は美しい、人間は捨てたものじゃないと、思いたい」
この一冊以外に探せば見つけられたのかも知れませんが 本屋さんで
も目にすることがなく 次から次に読みたい本が出現して 戸井さん
の本が遠ざかり・・・・・でも でも 心に残っていました ある日
「道、果てるまで」〜ユーラシア横断3万キロの日々 4大陸10万
キロ記録〜 を目にした時は 懐かしいと 中味も何も見ないで求め
ました きっと 心惹かれる文章が綴られていると信じ切って・・・
目に狂いはありませんでした 感動 国による事情 モンゴルの平原
中国の天台山脈 すごい バイクで横断する その時の事情で宿泊地
が決まり また道ゆく人との交わり 人の情 子ども達の生き様 す
べて作者の感性が 滲み溢れ 齢60歳を過ぎた方の過酷な旅が き
れいな言葉で綴られています
とにかく読破して良かったと感慨ひとしお 最後のエピローグでは 
知らないうちに涙が溢れてきました
ポルトガルのロカ岬(7・9)をスタートしてロシアウラジオストック
に(10・29)到着までの120日間の記録 感想 国政事情 すご
いですよ 
港から港「ここに地果て、海始まる」で始まってその言葉で終わる旅
最後に 「五つの大陸を旅した先にも道はあるかって?
     もちろん、あるさ。」
この言葉で 終わっています 道は何処までも続く 人の絆のように
小説で 心に響くのとは違って また別の情感に晒されて・・・・
もし 機会があれば お読みになることをお薦めします
戸井十月 名前も といとつきさんかと思いましたら じゅうがつさ
ん 心をえぐりとる文章が 星空のように 所々 煌めいています
久し振りに ああ〜いい本に巡り会えたと充実感が過ぎっていきます
12年の歳月をかけ、ついに達成した5大陸走破の記録
今度はどちらへ旅されるのでしょう
まだまだ道は続きますもの 健康をお祈りして またの挑戦を楽しみ
に・・・・・

雑感〜マンホールの蓋 

僅かに下がった気温 たった
それだけで 汗がいずこにか
引っ込み 秋を感ずる
先日 伊丹市に出掛けた時に
見つけた路上にある蓋の数々
先日来 ここに紹介しましたが
この水鳥の蓋 10/11/12 にこ
こに 阪急伊丹線のすぐ傍で 
見つけて不思議だと書きました
同じ処へ 徒歩では滅多に行く
ことはないのですが 年に一度
は通ります 丁度 踏み切りで
その横に小さな花壇があります
誰が手入れをしているのか解り
ませんが いつの時も美しい花
が咲き 実によく手入れが行き
届き 感心していますこの暑さ
にも負けることなく見事です
ここは伊丹市と尼崎市が入り組み地図上でも理解に苦しみます
尼崎の市道に伊丹市のと尼崎市のマンホールの蓋が 並ぶようにある
のを発見して驚きました 地下は 道の下は いかになっているのか
どの管が伊丹で どの管が尼崎なのか 多分 ややこしいのでは・・
と勝手に思っています
その水鳥の蓋を 伊丹市で見つけた時は 白い蓋でした よく似た図
柄 でも白い 前見た時は 鉄の色そのものでしたから 違うかもと
カメラに でもよくよく並べてみると 寸分違わず同じ柄です
何故 白く塗装しているのか
こんなふに並べて 文を書き始めて おいおい お前さんはおかしい
のでは と言われそう 人の歩く道にはめ込まれた いろんな蓋 そ
れをデザイン 絵柄 彩色などが面白いというのは 解りますがその
先まで思いを寄せるなんて・・・・・笑ってください
でも 道は 人の歩く道 犬も猫も その他の生きとし生けるもの 
すべてが 歩く道 様々な思いをのせ 繋がる道 その地下では生き
てゆく為の大切な動脈が流れているのであろう
悲しみも 喜びも 苦しみも 幸せも全てに通じる道 どんな生き様
があるのか 道は全てを見通しなのかも
マンホールに興味があることを知った息子は マンホール図鑑がある
よと教えてくれました 探してみたら? と まだ探してはいません
が自分の歩く道で ぼつぼつと自分なりに見つけたたいですね
後でみれば これはあそこの あの時 あの人と歩いていた 口喧嘩
してた 否 幸せだった 道端の石ころを蹴り上げたい程の喜びの道
だった 思いは様々ですね