バッタさんの脱皮〜続き

朝夕の風は 秋らしくなりつつ
あるものの 日中は相変わらず
暑い 空は高く 秋空と思わせ
るが なんのなんのもくもくと
厚い入道雲が これでもかとは
びこる まだまだ 夏空
夏は 終わらず
気にかかっているバッタさん
一昨日見つけたバッタ 脱皮し
たすぐだったようでした と
きのう報告しました もう命
絶えるのではないか 儚い命
飛ぶことがままにならず 命の
糧をいかにと・・・・・
今日 夕方 どうしたのかな?
と見に行きますと いました
いました むしゃくしゃ 葉を
食べたらしく すぐ横に大きな
食べ後があります そして驚き
ました 生きています お腹を
奮わせて 動きます なんとなんと 強い生命力 すごいですね
それなら 抜け殻を取ってあげようと おそるおそる触ってみますが
ビックとも動きません 普通のバッタなら 急いで逃げるはずですが
飛ぶことが出来ないから逃げません そのかわり 足でしっかりと 
葉にしがみついているようで 離れません 強くすれば 捕まえるこ
とが出来 外してやれたかも知れませんが いらない手は出さない方
が いいのではないかと 勝手に解釈してやめました
バッタ さんかな 君かな あなたのそれは宿命でしょう 自然に任
せましょう 自然が 上手くとり計らってくれることでしょう
小学生に帰った気分でした まるで隣に小学生時代の息子が いるよ
うな感覚で バッタを見つめました
長男が 小学生の低学年の時 夜 縁先で カマキリが脱皮するとこ
ろを見つけ 濡れ縁に座り込んで息子と二人で じ〜っと見続けたこ
とを思い出しました 時を忘れ 寝る時間も過ぎて・・・・観察した
懐かしい風景を ふと 思い出しました 遠い昔の話です
あの時 息子は 生きることのすごさを 感じてくれたのでは・・・
と 思っていますが 果たして 今 あの時のことを どう思ってい
るのでしょうね 忘れているかな?

バッタさんの抜け殻

西日本は雨模様の予報
一滴も降らずと言っても
過言ではない 午後少し
パラつき始めた感あり だが
パラパラでおしまい
けれど かあ〜とした照りつけ
ないだけに 気温も下がり過ご
しやすい一日
夕方の風は まさに秋風・・・
昨日 ここに書きました葉鶏頭
の写真を撮っている時に 面白
いものを見つけました
物というと失礼なのかも・・・
バッタさんです バッタの脱皮
を 始めは バッタの交尾かな
と思いましたが 違います
お尻に 抜け殻がくっついてま
す まさに脱皮を終えたところ
そんな感じです
でも お尻に付けたまま 動き廻ります へえ〜上手くとれないのか
それでは飛べないのでは・・・・・移動は出来ても 遠くへ 或いは
隣の葉っぱへは? まあ〜その内にとれるでしょうと思いながらその
場を離れました
葉をむしゃむしゃ食べた形跡もあり 嫌なバッタくんですが まあ〜
いいかと無視 今までバッタの脱皮は 見たことがなかったので珍し
いとカメラに収めたのですが バッタは脱皮をなんと4〜8回 脱皮
するそうです すごいですね でもそれが彼の人生でしょう 生きて
ゆくに必要な仕事なのでしょう 何度なく脱皮して 成長して そし
て子孫を残して 死に絶えてゆく 自分の命は短い期間だけれど 終
わりではなく 土の中に 卵を産み付けて・・・・
ふと きのうのバッタ もうそこにはいないでしょうから 抜け殻が
あるのでは 落ちているのではと 見に行きました
なんと 同じ場所にいます しかも後ろに抜け殻を付けたまま 
移動ができないのでしょう 多分 羽を広げて飛ぶことも出来ないの
でしょう 可哀想に・・・でもどうしてあげることも出来ません
昨日の午後から丸一日は 同じ処にいるのでしょうね
きのうは 見てる目の前で 葉の裏側や表にと移動していましたのに
まあ〜 これもバッタさんの運命ではないでしょうか
見つけた時 抜け殻をそ〜っと外してあげれば良かったのでしょうか
むり無理 その様なこと出来ません
でも思いもかけない巡り会いでした 
葉っぱを食べて丸坊主にするバッタ 憎いけれど こんな姿を見ると
哀れで 可哀想にと思います 多分 命つきるでしょう 安らかに
と祈ります

葉が美しい葉鶏頭

風は 秋らしい風なれど
気温は 夏そのもの
なかなか 夏とは別れることが
別れが惜しいわけでも 哀しい
わけでもないのに 平然として
残れる暑さ 夏そのもの
今年の夏は 異常だったのか
それとも 過ぎゆきたことは
忘れて 今年は暑かったと・・
異常でしたと 言うのか
暑さのせいなのかどうなのか良
く解りませんが 沢山花たちが
枯れて 寂しい思いです
特に玄関先は 午後からの陽ざ
しが 強すぎるのか 元気であ
るべき夏の花達が いつのまに
か茶色に変色し命果てて・・・
暑い日々 庭いじりはごめんと
園芸店に足を向ける気にもなれ
ず・・・・でも余りにも哀れ
やっと重い腰を上げて園芸店へ
リンドウの鉢植えと この葉鶏
頭を求めてきました
普通の鶏頭は 余り好きではあ
りませんが 葉の色が変わって
ゆく葉鶏頭は 色合いも美しく
これなら楽しめると玄関先に
春に種を蒔いて秋まで楽しめる
とか 背も高くなるらしいです
普通は 緑色から黄色にそして赤に移行するとか 同じケースの中に
赤い葉先のもありました この色の組み合わせが気に入り求めたので
すが これも赤になるのかな? 根元や茎の途中を覗いて見ますと
まるで 花の蕾が固まっているような物が見えます 多分ここから枝
葉が伸びるのではとないかと・・・・・勝手に想像しています
少しだけ 玄関先にホッとする和やかさが戻ってきました
一緒に求めたリンドウは まだ完全に花が開いていないのでもう少し
花の様子がわかってから カメラにパチリ・・・と思っています
葉鶏頭は1mぐらいになるそうですが 残念ながら一年草 種子も小
さな小さな粒ですって この花言葉を調べてみました
すごいよ 情愛 不老不死 絶望 この三つが書かれてありましたが
取り合わせがすごいと思いませんか 他の花言葉は 殆どが似た言葉
か 或いは表現が多少違うかなと言うのが多いのに この葉鶏頭の言
葉は繋がりません
まあ〜そんな事どうでもいいでしょう 楽しめて 気持ちを明るくし
てくれるなら それがなによりの花からのプレゼントですもの
でもこの花 ちょっと 遠目に見るとコリウスみたいですね
情愛 絶望 つくづく考え込んでしまいそう

夕轟き

今日もまた空模様の話
いい加減にしなさいよと言われ
そう でも 心をわしづかみに
されては 黙っておれずに・・
暮れなずむ空に燃え立つ雲
沈もうとしている太陽
赤く染まったその太陽の光に
照しだされた雲 
恐ろしいほどに燃え立っている
もくもくと 数分で終わりを告げやがて闇夜になる
その僅かな時に 命をかけるが如くに輝く
夕焼け 夕明かり 美しいことのはが並ぶ 僅かな時の残照
けれど その勢いに 恐ろしさすら沸き 恐怖に身を揺すられる
夕焼けを眺め ものを思い ひととき我が身の世界に浸るその隙間
すら 追い込むほどの燃え立ちよう
夕明かり 僅かなその残照のひとときを センチメンタルに ロマ
ンに メランコリックに 人それぞれ思いにふける
その夕暮れ時 夕轟きとも言の葉は表す
夕轟き 恋しさは 黄昏時につのるもの 恋する気持ちが 夕暮れ
時に 心を騒がせることを言う と 物の本に書かれているが
まさに その通り 夕暮れ時は なんとも言えない表現しがたい
思いに 囚われる
が 今日の夕暮れは なんというのだろう その凄まじさに驚きの
声をあげるのみ 圧倒され 心埋め尽くされ 鳥も黒い影となって
ねぐらへ帰りゆく ああ〜僅かな時なれど 陽の光は どっしりと
重いものを残して 地平線の彼方に消えゆき 夜の帳が降ろされる
闇の世界が訪れる そして人は なにを想い 何考え 明日の命の
糧とするのか・・・・・希望の太陽は 丸い地球の裏側に消えて
再び 陽がともるまで 他国への旅に・・・・・
短い時間の天体ショー いろんな事が思い浮かび 今 抱えている
問題が 上手く解決することを そして全てのものに感謝と祈りが
心の中を過ぎっていく 
夜の天気予報を聞いて 今日は全国的に雨模様でした と 何処を
見て言うのか 雨は一滴も降らず 洗濯物はからからに乾き この
ような夕焼け雲が 生じたのに・・・ままになりませんね これは
余談ですが・・・

久し振りにレッスンへ・・・・

久し振りにお花のレッスンへ
空は抜けるように高く 気持ちの良い
風が吹き巡り 九月なんだ 空の青さ
雲の浮かぶ様 雨の匂いもせず ああ〜
心わくわく いそいそとレッスン場へ
暑いには違いないが いっときのあの暑
さは消えゆきて 巡り来る季節を肌で
感じる 
久しぶりに会う仲間達 どのお顔も充実
感に満たされて ・・・・・
如何でしょうか 今回の成果は・・・
少しは進歩しているでしょうか 少しは
秋らしい花材がとの予想に反して紫陽花
が しかも真っ白 清潔感に富み 涼しげ その上 大きな花 
この暑さを乗り切って咲くなんて それに 九月ですのに紫陽花とは驚きましたし 珍しいですね
どう調整しているのでしょう 日本では これだけの花を普通に咲か
せるのは難しいことでしょう 気候的に 何処かから輸入でしょうか
でもすごく綺麗です 薄いピンクのスプレー薔薇との相性も良く 気
持ち良く活けられました ここに花材として 濃紫のトルコキキョウ
がありました けれど 白の紫陽花 はにかみを見せる優しい薔薇
葉もの 赤い欄との調和を大事にしたくて 別な容器に残った葉もの
とトルコキキョウを挿しました
花の優しさ 心を和らげて 仲間達に微笑みを
至福の時 花を活ける さわる 眺める 
たったそれだけで 心が柔らかく 幸せが訪れる
明日は 秋雨前線が 日本の空に・・・・・
ああ〜矢っ張り 秋は巡り来る 秋雨前線は 嬉しきものと違えど
季節の変わり目の挨拶 太平洋高気圧と秋雨前線が 出会い
挨拶を交わし バトンタッチして・・・・・
全てが自然の流れ 自然の営み いつのまにか蝉の鳴き声も 耳に
届きませんもの やがて冷気を帯びた風に 山の秋桜が揺らぐ
なんだかとても懐かしい季節が巡ってくるような 懐かしい季節 秋
何もかもセンチメンタル だけど 待ちわびる秋 嬉しいね
恋心にも似た秋が やって来る 恋風が吹きはじめる
もう 暑さはごめん サヨウナラと別れを告げたい・・・・・

伊丹の消火栓

朝から何回もiphoneに雨ふる
コールが入る 雷鳴も響く
けれど 雨は降らずして 空は
青く 高く 気持ちのいい晴れ
よう どうなっていますの?
天気予報がおかしいのか 
それとも・・・?でも入道雲は
見事に盛り上がっていました
雨を降らせるような雲ではない
けれど 惚れ惚れするほどいい
形をしてました
先日出掛けた伊丹市で見つけた消火栓の
蓋 小さめでしたが ベルが鳴る 火事
です ハイ只今 出動と 駆け足で・・
今にも走り出しそうな消防車が描かれて
います 格好いいね
そのすぐ傍に ちょっと変わった蓋が
ありました 円の下側に伊丹市と大きな
文字 そして上に水滴の形にH2Oと化学
記号が 水の取水口なのでしょうか?
円の中央に帯状に窓があり 文字が書か
れているのが見えます
なんでしょう 道路上の蓋 印 記号な
ど数多く見ましたが このようなのは始めて お願いと書かれた文字
は読めますが 後はよく解りません 
消火栓とは違った水の何かでしょうね
なんの為なのか 何に利用されるのか よく解りません
他の市町村でもあるのでしょうか
H2Oとは水 高校生で習ったのでしょうか 中学? もう忘れまし
たが 化学記号は好きで 学生時代 ノートをとる時 よく使いまし
た 水は勿論 鉄はFe 酸素 硫黄など 漢字で書くよりは記号を
使う方が楽でした 先輩が 休んでいたのか 講義そのものに出な
かったのか解りませんが 人から借りてきたノートを 写し取って
欲しいと頼まれ 丸々一冊 書き取りました 化学関係の講義だった
ように記憶していますが そのノートを見て なるほど記号を使えば
とそれから私も利用しました 最も化学的な講義も多かったので 役
にたちました 今の学生さんはそんな事をしなくとも いろんな方法
がありますものね 
ノートパソコンを持ち込めば 打ち込めますし また録音も簡単にで
きますから 後でゆっくりノート整理ができますものね
まあ〜 どんな講義の受け方をしているのか解りませんが・・・・・
今日は櫛の日だそうですよ 語呂合わせですね
女性は髪を触るのが好きと言われていますが 如何でしょうか
さわると言うよりは 髪は 気に掛かりますね
明日は朝早くからお出かけ 前の晩に髪を洗い 美しくしてこれで
決まりなんて 眠りに・・・朝起きて 鏡を見れば 夕べの寝相が
悪かったのでしょうか 髪の毛が跳ねて 見るも無惨な結果になって
困ったことはありませんか 涙ぽろぽろ・・・・何回も経験しました
もう 若い時と違って そんな状態になっても なんとか慌てずとも
すむようになりました 年老いてずるくなったのかな?
蓋の話から 随分と話がそれて・・・蓋は面白い 
道は いろんな物を見せてくれ 教えてくれます

白と黒の入道雲の戦い

今日は なんの日かご存知?
知っている方 手を挙げてと
言いたいところ 小学生じゃ
あるまいし 馬鹿にしないで
と言われそう
草野球の日 
九と三の語呂合わせ
ホームランの日 
1977年 王貞治選手が75
6号のホームランで世界記録達
成を記念して
ドラえもんの誕生日
2112年9月3日生まれの
未来猫 今から百年後に生まれ
たドラえもん 未来からやって
来た猫さんは 今や世界中の人
気者 ドラえもんの誕生日のこ
とは本の中に書かれているので
しょう が 知りませんでした
一昨年10年の九月3日のブログにも書きましたが 美容院の前に
案内の立て看板にドラえもんの絵と共に記されていたので ほんまか
な?と調べた記憶があります
いろんな日がありますね ドラえもんは生誕日も育ちもなぜあの家に
入り込んだか迄 書かれていましたのには驚きました
午後 布地屋さんまで出掛けた帰り道 すごい空でした
もくもく湧いてくる黒雲 その片側で 白い入道雲が塊になって覆い
被さるように浮かび まるで白い雲と黒雲との争いが まさにおきよ
うとしている空模様 我が家に帰るまで お願いだから 争わないで
もう雨とのランデブーはこりごりですから・・・・・私の頭上で見渡
す事の出来る範囲でのせめぎ合いです
夕立は馬の背を分けるとい言われますがまさにその状況を見る思いで
す お陰で雨と出会うことはなく 他の買い物も済ませ帰り着きまし
た おやおや あの雲は?と見上げる空は ブルースカイ 一仕事し
ましょうと花たちに水やりをして ああ〜ランデブーはお預けでした
ありがとう! しかし皮肉なもので 夕食の最中に 突然の大雨
なにこれ? 先ほどのあの憎い黒雲が また襲来なのと・・・・・
ブチブチ申してますが 幾分 涼しくなりほっと一息
雨との出会いは 嬉しくありません もっと素敵なランデブーがした
いですね 今頃の若い人たちは ランデブーと言う言葉は使わないよ
うですね 耳にしませんもの 若い時はよく使いましたけれど・・・
これからランデブーなの 顔がほころびわくわくしました 嬉しい
青春時代でした 遠い昔の話ですが・・・・雨はまだ降っています
大粒ではなく 誰かの涙雨のように 静かに降っています

今日は雨とのランデブーは・・・・

先日来の暑さを思うと少しだけ
過ごしやすくなったような・・
かなり激しい夕立が 続いて
地熱を下げてもいるし さすが
九月かなと言う気分にも・・・
九月最初の日曜日 最初の礼拝
受付当番 教会の大切なことを
決める為の説明会 読み聞かせ
の会 盛りだくさんの一日
受付当番は 早くから出掛け
皆さんを気持ちよくお迎えする
役目 緊張します 気が張りま
す 全てを終わって帰る頃
空が暗くなり始め また雨との
出会いかと もう結構 毎日 
まいにち雨とのランデブーは 
お断りと 心の中で願いながら
教会の庭に咲いている木槿に
話しかけました 祈りが通じた
のか 声を掛けた木槿が 鼻を
利かせてくれたのか 雨はぱらぱらですみましたものの いつまた
襲来するか怪しく 急いで買い物を済ませ帰宅 一日が盛り沢山だっ
たためか疲れ果てました
木槿の花は 毎年 秋の初めに取り上げています この花 10年の
時は すごく傷んで小さな しかも細い樹に一輪 咲いていたと報告
した記憶がありますが 今年は見事に成長 背も高く伸びてなんの
悩みもなきが如くに枝葉も広げています
一日花 だけど次から次に咲き続ける強い花 枝を手折り地面にさす
だけで根付くと言われていますが すごい生命力があるのでしょう
それに踏まれても踏まれても立ち上がるとか・・・・・
見習わなければと 大きくなった 手の届かなくなった樹を花をみな
がら思いました 余り根を張らない樹だそうですから この色では無
く白花があれば我が家にもという願いは持っていますが 未だにご縁
がないようで・・・・・雨に合わずにすみましたが 水やりの仕事が
増えました 今日も良く晴れましたから からからですものね
夕焼けは美しく 月も輝き 虫達が 夜露を吸いながら 演奏会をし
ています ああ〜 秋が駆け足で近づいてくるような気配が・・・・

パディントン展

ついに待望の九月 嬉しいかな

長月 菊月 紅葉月 玄月 
季秋と九月の呼び名 どの呼び
方もまだ新暦では 季節的に
はやい
昨夕 突然の夕立に見舞われ
慌てふためきましたが なんと
今日また雨に・・・・・
パディントン展を観に行くべき
家を出れば 駅までの僅かな道
で激しい雨に遭遇 おまけに雷
付き 余りにも激しい降りに
どうしよう 家に帰るにも先に 
進むにもと躊躇しながら 雷鳴
に耳を塞ぐなか 不安が心の中
を過ぎる 恐怖と戦いながら先
へ 傘はなんの役にも立たず 
びっしょりと濡れそぼつ有様
しかしほんの僅かな出来事
間の悪いこと 展覧会を観て
お茶をして外へ出れば入道雲が

沸き立ち 空は抜けるような
青空 なんと憎らしい
パディントン展 懐かしい思い
で見に出掛けました
長男が 大好きな本で 何回と
なく読みふけっていました
小学低学年の時 私の弟がロンドンで暮らしていましたから
その弟に パディントンはいるの?ブラウンさんの家は?とロンドン
まで手紙を出すほど こよなく愛していました 今も愛読書のようで
す そんな事もあって 本当はこの夏 帰省した時 一緒に行きた
かったのですが いろいろ事情があって行けず 残念がっていました
本もシリーズで何冊か出ています 全部と言っても過言でないほど読
みました 子どもと共に読み 共通の話題が生まれて良き思い出です
暗黒の国ペールからパディントン駅に到着したくま ブラウンさん
一家に引き取られそこでの生活 その中で繰り広げられるお話しです 小学生時代 何度も なんども読み返し 本はぼろぼろです 
彼の友達の間でも 理解されていたのか 我が家の前の道を少し南の
方に歩くと坂道です その坂を友人達は パディントン坂と呼んでい
ました 息子が座る姿はパディントン座り 懐かしいですね こんな
時代もありました 今は おっさんですが こんなに可愛らしい時も
あったのが 嘘のように懐かしく感じられます  
子どもに1歳半から読み聞かせをしてきた事が生きて 本好きになり
パディントン ドリトル先生 エルマーの冒険シリーズ ベルヌが大
好きでした いつも彼と会話する時に 本の中のことが話題になりま
した パディントン展を見て 昔が甦り 子どものことを思い いい
思い出を 沢山もらった子ども達に感謝で一杯です
今日 暦の本を見ていましたら こんな事が書いてありました
今日の日付のページです
〜かなしみに びんかんな わたしたち
 幸福には どんかんな わたしたち
 
 幸福のたやすさを
 わすれないように 一杯のあついお茶を いれる〜

良い言葉だと思います 私も忘れないように 感謝の気持ちと共に
あついお茶をいただきましょうか