八月は今日でお終い

涼しい風が吹き まだ気温もさして上がらない朝
午後から天気予報は雨 だけどなんと爽やかな空模様
雲が静かにたなびいています 秋を思わせる ああ〜秋が来た
と思わせる雲が あちこちに浮かんで 八月最後の日 しかも
日曜日 礼拝に向かう足取りが軽やかになる
もう最近は蝉が鳴いていません 消えてしまったのでしょうか
きょうの暦を見ると 蝉のことが書かれていました
〜一番最初になく蝉は ハルゼミ
 五月に出てきてすぐにいなくなる
梅雨が明けてからは ニイニイゼミにはじまる夏の蝉たちのリレー
ツクツクボウシが終わったら 八月の終わりから 十月のはじめま
で「ちっちっ」と鳴く チッチゼミ〜
と書いてありました
如何ですか こんなに蝉の声を幾種類も聞きますか
ツクツクボウシもチッチゼミも 耳にしません 最近 特にツクツ
クを聞きません いなくなったのでしょうか それとも気が付かな
いのでしょうか 特にチッチゼミは 聞こえてないのかも・・・・
しかし 今年は うるさいと怒鳴りたくなるほど蝉の合唱が 少な
かったように思います
そう感じたのは私だけでしょうか 年老いて耳が遠くなり 聞こえ
なかったとか・・・・・つい何年か前まで 一斉に大合唱が始まる
とうるさくて かかってきた電話も聞き取りにくい思いをし うる
さい!と 怒鳴りたいほどでした
が はてさて 蝉の生活状況はいかなるものなのでしょう
蝉の声はないけれど いつも嘆くようにバッタはわんさかいます
そしてカマキリさんも・・・・・生まれてまもないのか まだ痩せ
て細いカマキリです これから何回脱皮するのでしょう
冬近くになると お腹をぱんぱんに膨らませたカマキリを見かけま
すが やがて産卵なのでしょう
カマキリはカマに引っかかれると痛いけれど 結構 愛らしい虫で
すね
今日の礼拝 牧師のお話の中にあった言葉
世の中 便利になって 待つ力が失われている
待つことが出来る人は 今の人生を・・・・・云々と
何事も慌てることなく 一呼吸 置いて 見まもる或いは待つ また
言葉を発する 行動する 勿論 緊急の場合の行動は早めですが・・
電車が来ない レジで長く待たされる なにをもたもたしてるかと
思う前に 待つことを・・・・・なんでもすぐ出来る世の中 人の心
の中から情緒が消えつつある気がしますものね
さあ〜 明日から 九月 心して生活するぞ〜 お尻に火がつきは
じめましたから・・・・・

昼顔と猫じゃらし

涼しい! とにかく涼しい!
嬉しい けれどなんだか淋しい 変なの 今夏 八月に35度以上の
猛暑日が 大阪では1日もなかったそうで 記録だそうです
そう言う意味では 大阪界隈は過ごしやすかったのかも 暑いけれど
いつもの年より楽だったのかも・・・・・・
でも ここ急激な涼しさ
おいおい もう お前は行ってしまうのかい
夏という衣を脱ぎ捨てて ちょっと早いね
なにか急用でも出来たのかい
涼しいのは楽で助かるけれど もう夏は終わりなのかと思うと
ちょっとおセンチになって寂しいよ〜
我が家のすご横の道 その街路樹の根元で 昼顔が名残惜しそうに
植え込みの間から 顔をだしていました
そのすぐ脇でひっそりと エノコログサが 爽やかな涼しい風にゆら
ゆらしていました
ヒルガオ 朝顔に似ています 昼間に咲くから昼顔ですって
でも場所によって朝のうちから開花しているのもあるそうです
この花も昨日の酔芙蓉と同じように 命短くて1日花 夕方にはしぼ
んでしまう
優しい愛情 絆 情事 友だちのよしみ などの花言葉がありますが
ちょっと???が 頭にひっかかりました
優しい愛情 見れば確かにと思う花です 優しい表情しています 
だけど 情事という花言葉にうん〜?と 優しい愛情の隣り合わせに
情事 そうなんでしょうか 情事と聞くとなまめかしさや妖艶な感じ
が 或いは秘め事めいた・・・まあ〜いいか こちらがとやかくいう
問題ではないよね
昔からある花で 万葉集にも登場しています
容花 として
エノコログサ なんて言うよりは 猫じゃらしの方が有名なのでは
狗尾草(エノコログサ)
この穂がくすぐりっこをする 猫の首の処を この穂でじゃらすと
猫が喜ぶことから「猫じゃらし」
子ども頃 空き地や道端に生えている猫じゃらしを摘んでは 友だち
とじゃらしっこして遊んだものです
今の子ども達は 野の草花で 遊ぶことをしないのでしょうか
オママゴトをしたり 花環をつくったり 色水を作ったり 色々工夫
して遊んだものですが もうそのような世界は消えてしまったので
しょうか
寂しいですね そこには いろんな学びがあったと思うのですが
親や学校で教えられるものとは違って 学び取りそこに工夫も発想も
あったのに・・・・・・
まあ〜昼顔や狗尾草が生えている 存在することが珍しいのかも・・

明日は 八月最後の日 いよいよ夏の月も終わり秋の月に・・・・・
身も心も引き締めて・・・・

酔いが回り始めた酔芙蓉

昨夜来 感じてはいたけれど 朝 目覚めて 窓を開けると
あっ〜 秋が・・・・・!
涼しい 爽やかな風に 酔芙蓉が揺らいでいました
塚口のとある道で・・・・・丁度 昼時 ほのかに酔いが回り
始めていました
お屋敷の塀から顔をだして 嬉しそうな顔をして・・・・・
いい気分よ〜 私 生まれた時は 色白なのよ
でも ちょっとだけ いただいただけなのに もう 頬が・・・・

芙蓉の花はあちこちで見かけます 一重の花でムクゲに似ています
この八重の花は「酔芙蓉」
朝に白い花を咲かせ 昼にはピンク色に変わり 夕方には赤くなる
そして命を終える 1日花
この変わり様からお酒に酔って顔が赤くなる様子からつけられた名前
中国では酔芙蓉を お酒に酔って頬を染める楊貴妃の美しさにたとえ
にするそうです
花言葉は しとやかな恋人 繊細な美 微妙な美しさ 富貴
富士山の美しい姿をあらわしている言葉に 「芙蓉峰」と言われる
この芙蓉峰の言葉は知りませんでした
NHKのドラマ「芙蓉の人」〜富士山頂の妻〜が 現在放送中ですが
日本の未来のために初めて富士山に挑んだ実在の夫婦の話 夫の後を
追って 富士山に登る妻 厳冬期の富士山頂での気象観測の話 なぜ
芙蓉の人と言うタイトルか解りました
酔芙蓉 美しい花ですね 一重の芙蓉とは又違ってなかなか味のある
花ですね 今頃 咲く花として庭に一本あってもいいなあ〜 と
我が家ではもう植える余地はありませんが
美しい上に人の心揺さぶる何かがあるような気がします
優しさでしょうか 惹きつけられます

枝ぶりの 日ごとにかわる 芙蓉かな    松尾芭蕉
ゆめにみし 人のおとろへ 芙蓉さく    久保田万太郎
白き芙蓉 あかき芙蓉とかさねりて 児のゆく空に 秋の雨ふる
                     与謝野 鉄幹

半年に一度の眼科の検診 その帰り道 出会った酔芙蓉の花
美しい花に出会い 目の異常もなくまた半年後にお会いしましょう
と・・・・・
恵まれた日でした

押し寄せる闇夜

ふと見上げた空
いつもみつめる天空
きょうの空はどんな顔かと
どんな表情なのか
怒っているのか 優しい顔なのか それとも笑っているのか
いや幸せに輝いている顔なのか 泣いているのか
わけもわからずに暴れ 走り回っているのか
陽はすでに山の端に落ちて
残り火がわずかに染めている 茜色に オレンジに
美しい残像を残しつつ
墨色に染まりつつある雲
不気味な色をみせて攻めてくる
どんどんと容赦なく 人の心情にお構いなく
やがてあたりを 漆黒の闇で覆い尽くす
悪魔が踊りだすのか 妖怪が顔をだすのか
夜の世界に 落ち込んでゆく
情熱の陽を追い出して 冷たい夜が 天空をのさばる
今宵の月は わずかな光りを注ぐだけ
暗闇に近い 細い針金で線を描くだけ
ああ〜 空を見上げて 迫り来る雲たちに 圧倒される
悪魔がはびこらないために 妖怪が踊り狂わぬために
いかに いかに・・・・・

青い空の下で眺める雲たちは
希望も夢もそなえもつ
黒く染められてゆく雲には 夢も希望もなく
恐怖がつのるだけ
目には見えぬが 神に祈るだけか

静かな朝を 輝く陽の光を浴びたいと
神に祈ることか
祈りは通じるはず 心 安らかに祈れば・・・・・
時が過ぎ行けば 明るい時が来る
静かに待とう 祈りながら・・・・・
祈りの言葉はなくとも 心で祈る言葉は 届くはず
神に 唯 ただ 祈る 祈り続ける・・・・・
ああ〜神に祈ろう 祈ろう

秋はそこまで・・・・・

日本列島 細く長いと気候が随分違いますね
勿論 南の九州と北の北海道との違いはわかりますが 同じ内地で北
と南ほど離れていないのに 東京と大阪の気温の違い
東の都は 寒いぐらいで9月終わりの気候とか 西の都 大阪は30
度 暑いこと 少し歩いただけなのに汗が噴き出ました 否気温と
言うよりは湿度のせいでしょう
天気予報のニュースを見ていましたら 明日は 東京最高気温23度
風邪を引かれませんように ですって 笑えてきました
汗を拭いているのに 涼しいから風邪を・・・・・
それでも 関西は 今年は昨年から比べると過ごしやすかったと思わ
れます
唯 いろんな気象災害で 野菜が高騰 作物が出来ないらしく それ
は困りますね
なにはともあれ 暑いの 暮らしやすい 過ごしやすいとかいろいろ
文句を並べ立てていますが いろんな事がありましたが 季節は巡り
もう 本当にそこまで 次の季節がやってきています
ムラサキシキブ 先日 見た時は 白い小さな花がぽちぽちと咲いて
いましたが いつのまにか実になり 紫の色味も帯びていています
ムラサキシキブが咲き 萩が咲き始めるといよいよ秋
ちいさい ちいさい秋みつけた と言う感じです
毎年のように書きますが この花の強さ そして名前に似つかわしく
なくお行儀の悪さ それにつけても生命力の強いこと 繁殖力もすご
いですよ あちこちの植木鉢から芽が出ています 実が種が飛んでい
くのでしょう

今日は久し振りに映画を観ました と言っても映画館へ出かけて鑑賞
したのではなく教会で毎月催されているビデオ上映会へ・・・・・
「アナと雪の女王」を 綺麗な美しいアニメーション 子どもから大
人まで楽しめるミュージカルで お話しもまあまあ〜 大人にとって
は 一寸 物足りなくストリーは上っ面を撫でて通るという感じでし
たが でも見事なアニメーション
アンデルセンの雪の女王を根底に そこからヒントをいただいて新た
に書き下ろされた作品
映画を観ていてアンデルセンの雪の女王を思い出し なんだか重なっ
て・・・・・一寸 変な感じでしたが・・・・随分前にNHKで放送さ
れた雪の女王の数々のシーンが浮かんできて・・・・・
でも楽しいひとときでした 仕事が山積みの中 いい気分転換になり
ました たまにはこんな映画もいいですね

北の果ての教会

強い風が吹き巡っていますが 結構 湿度が高いようで それでも
夏としては残暑としては 楽な日ですね
今朝 古川聡氏のツイッター 見た途端 おお〜懐かしい と20数
年前の記憶が甦って来ました
あの教会 確かにあの時 訪ねた教会と一緒
ツイッターには 唯 ノルウエーのオーロラとあるのみ
ノルウエーの人間が住む事ができる北限とも言うべき街 トロムソ
北極海の聖堂とも呼ばれる教会
トロムスダーレン教会(Toromsdalen Kirke) です
トロムソの冬とオーロラをモチーフにデザインされた現代的な建築は
トロムソの街によく似合って 微妙菜光線が美しく計算されており
祭壇部分のステンドグラスは キリストの復活をモチーフにデザイン
されており 高さ12m 重さ6tもあり あまりにも重いので鉄と
コンクリートで補強したとのこと
教会はコンクリートとガラスでできており 芸術作品としての価値が
高いそうです
私達が訪ねたのは 7月の終わり頃 まだオーロラは出現してません
でした 最近 見られるようですね
沈まない太陽を見ようと オスローから飛行機で1時間あまりトロム
ソへ 北極のパリとまで言われる洒落た街 ぐるりと回って歩ける
小さな街 この教会へも行きました ハッと惹かれ中に入ると 二階
でオルガニストが パイプオルガンの練習中で 裸足で足を踏みなが
らの練習 静かな それでいて重厚な音が 明るい聖堂の中を流れ
心うたれました
すぐ近くの山にケーブルで登り しかも夜中の日付の変わる時刻に
遥か彼方の山の端に日が沈む と同時に登ってくる 沈まない太陽
山の上では原住民がテントで暮らしているようでした
真夜中なのに 広げた新聞が読めます 
昼間 太陽が天上に輝いている時に 街を歩きましたが 花屋さんは
花々で溢れ 彩りも鮮やかで また街の家々の窓は どこもかしこも
美しく飾られ 窓を見て歩くだけでも感激 心に染みいり これだけ
生活を大事に しかも心豊かに暮らしている事が見て取れ すごいと
カルチャーショックでした
その街のお店が並ぶ路地で ふと入ったお店 お人形が棚にいっぱい
天井からも吊されて・・・・・おばあさんが一人で人形を作っておら
れ 全部 そのおばあさんの手作りとのこと 一体 一体 心をこめ
てくられている 背中を丸めて 針をせっせと運ぶ姿に 感動
目に止まった魔女をいただいて帰ってきました 
これください と 全然 理解出来ないノルウエー語で なにかを
英語まじりで手振り身振り 英語も理解されないので ・・・・・
でも気持ちが伝わりました 日本へ持って帰る 名前を その魔女の
名前をつけろと言うことでした
とっさに口から出た名前は「サマンサ」
サマンサと小さなラベルに書き 箒にぶら下げて包んで下さった
もう一度 あのおばあさんに会いたい あの国へトロムソへ行きたい
思いはつのるばかり その街で求めたサマンサ
まだ元気でいます
おばあさんの手作り とても素朴で ほのぼのとした魔女でしょう
魔女と呼ぶのが可哀想な気もしますが 一応 箒にまたがって 空を
飛んでいます 時々 こちらの知らない時に 祖国へおばあさんに
会いにいってるかもね

無花果を・・・・・

今朝もぎたての無花果を頂きました 新鮮です
夏の終わりから秋に向かっての果実 秋の稔りをあらわし
いよいよ秋です そんな呼び声がする果物
8月の終わりから10月にかけてが旬の無花果 美味しそうでしょう
よく稔っています
わざわざ届けて下さった方に感謝していただきます
無花果 字の通り花が咲かない 花がないと思われていますが果実に
見える部分は 花軸が肥大化したもので 切った時に米粒のように見
える花があるのがわかる ですから実は厳密に果実ではなく 無花果
の花の部分 だそうです
我が家にも昔 三本も無花果の木がありました 家を求めた時 前に
住んでた方が植えられたようで 沢山の実がなり 食べるのに困った
ほどでしたが 秋の終わりになると 落葉樹ですからあの大きな葉が
舞い落ちてその始末に手を焼きました 掃除しても掃除しても 庭を
落ち葉が埋めつくすので 無花果に悪いのですが もみじのように綺
麗ではなく余計に困りました
表通りの塀の脇に植えてありましたので外へも飛び散って・・・・
たまたま垣根が 白い木製でした まるで赤毛のアンの垣根の如くで
これは似合わないと 無花果の木を諦めることにして始末して その
あと 赤いつるバラを植えました・・・・・
今にして思えば可哀想だったかなとも・・・・今から数十年前のこと
もぎたてを頂いてふと思い出しました なつかしい〜思いです

今日のツイッターより
駐日デンマーク大使館のTwitterから拝借
先日も記載されていましたが 今日は 同じ写真ですが再掲となって
いました
この写真を見て なにをお感じになりますか
「デンマークのユトランド半島にある風力発電機
一基あたりの発電量が世界トップに躍り出る 再生可能エネルギー」
と書かれていました
美しい写真です 絵になっています でも 考えさせられませんか
今 福島の原発が 終息を迎えるどころが 泥沼にはまって・・・・
どうなります
北欧は 地震のない国 日本は 列島のどこかで毎日揺れています
今日もアメリカ東海岸ともう一つ同じ頃 海外で大きな地震が発生
アメリカでは火災も起きて大変な様子です 原発も自動停止したと
ニュースで聞きましたが・・・・・原発は果たして安全でしょうか
色々考えなければなりませんね
今だけの問題ではなく 将来 未来に向かって
次世代の子孫のためにも・・・・・


自然災害はおそろしい・・・・

怪しげな天気の予想 しかし朝は清々しい陽ざしで 気持ちよく
いそいそと礼拝へ・・・・・が午後には いつのまにか雨が降り始め
温度は下がったものの いやな雨 また降るのかよ〜と・・・・・
夕方 帰宅してテレビのニュースを見ると すぐ近く隣県や同じ県内
で 短時間大雨警報が出て避難勧告も・・・・・驚きました
すでに避難されているところも 足を伸ばせばすぐ傍なのに・・・・
当地は山はない平野なので 土砂崩れはなかろうが 河川の氾濫は
恐ろしい 少し用心せねばと気が引き締まる 近くに大きな川がある
だけに氾濫を考えねばと・・・・・
夕方の天気予報は この一週間 晴れマークはゼロ 雲マークか傘の
記号ばかり いい加減にどっかへ行ってくれよと 大声で叫びたい
当地で雨の影響がなくとも 野菜が大変 値段も急上昇
ここ2〜3日 胡瓜等入荷なし スーパーへ参りましたが 胡瓜はあ
りませんでした 先週の日曜日も 胡瓜の入荷は もうありませんと
記された下に 小さな胡瓜の三本入りが 一袋残っていましたので
頂いてきましたが それが最後で後からの人はなしのはず 今頃
胡瓜がないとは すごいですし 困りますね
そんな空模様の中 この写真観てください 
駐日フィンランド大使館のツイッターから拝借しました
21日のヘルシンキの虹だそうです
美しいですね しかも二重の虹 見事に半円が描き出されています
日本では地平線から見える虹なんて滅多に見られませんでしょうね
20数年前になると思いますが ニュージーランドへ旅をした時 見
渡す限り平野というか草原いな牧草地帯 その間を走るバスに乗って
あちこちで 虹を見ました しかもダブルで 美しいと感激した事が
今でも心に残っています 行けども行けども牧草地帯 あの地平線の
先は あそこまで行ったらその先は どうなっているのなんて思いを
巡らせバスに揺られていると 季節は冬 時折 しぐれて雨がさあ〜
と降り すぐに あがると虹がたちました
スカッと晴れて 虹がたつと気持ちがいい 夢が広がります

今日は「ひげの日」「大噴火の日」(ポンペイ最後の日)
月は二九夜 殆ど真っ暗ですね 月が出ても目には見えないのでは・
ポンペイはヴェスヴィオ火山が 西暦79年8月24日に噴火 ナポ
リ近郊のポンペイが火山灰に埋もれ 滅びた街
小説にもなり 映画もつくられていますが・・・あまり嬉しい記念日
とは言えませんね
自然災害は 恐ろしいもの 心しないといけませんね
あなどるなかれ を肝に銘じることですね

花火大会へ

雨こそ降らねど 怪しい天気予報 
伊丹花火大会の日
天気が崩れなければよいと願いつつ いつもお邪魔している友人宅へ
マンションの7階 ひろ〜いデッキに 椅子をだして鑑賞
教会の仲間が14人集まって わいわい楽しいひととき
ビールで乾杯して共に食事を頂き 年齢の垣根を取り払って 本当に
なごむ時を持ち 一年に一回のことであるとは言え お宅を解放して
招待してくださる姉妹に深く感謝あるのみ
暮れかかった夜空 時が経つにつれ闇に包まれて行くその中で ど〜
んという音と共に夜空に舞う 火花の饗宴
いろんな想いをのせて闇夜に 美しい絵を描く
天を仰ぎ一瞬のアート作品をまのあたりして 人々はそれぞれの思い
を心に描く 楽しいこと 哀しいこと 或いは愛しい人のこと 幼き
日のこと またどこかで見た花火に想いを馳せる ああ〜あの時の花
火はと・・・・夢も抱かせて あっと言う間に消える
ふとこの花火を見ながら 何故にかシャガールの絵が思い出された
天空を翔る恋人達の絵 或いはと 様々な絵の情景が心に浮かび 若
き日に観たシャガールの絵が強く甦って・・・一瞬 夢心地に・・・

8月の始め 淀川花火大会に 今年も行くつもりでしたのに 台風の
影響で中止 とても残念でしたが 今日 観る機会が与えられ 夏の
気分を味わえて ああ〜これで 今年の夏は終わりかな・・・・と
今日は「処暑の日」
夏も終わりに近づいたと言うことですね 暑さが幾分和らぐ頃を処暑
と言いますから
昨日コオロギを発見 いよいよ朝夕 秋の気配が そして虫の鳴き声
も聞こえ始め 秋が漂い始めることでしょう
待ち遠し〜い 秋 あき アキ

バッタの悪戯

この哀れな姿 哀れと言うよりはみっともないと言いたいほど 人様
にお見せするような姿ではなく・・・・・なんですが  よ〜く見て
ください バッタがいます 保護色になってよく解らないかもしれま
せんが・・・この有様 最近ブツブツとつぶやく バッタの仕業なの
です
アナベルもいい花の色をみせているのに 葉っぱがレース模様
綺麗なレース模様なら歓迎と言いたいのですが 斑な食べ方で少しも
美しいとは言えません 哀れという言葉以外に見つからない
なんとかならないでしょうか
少しずつ食べるのではなく 昨日は気が付かないのに次の日になって
ハッと気付くともう穴だらけ・・・・・これはと思ってカメラに
二階に上がってベランダから覗き込んで てっぺんにカメラを向ける
とまさに哀れで見ていられません バッタも見えるし・・・・・
子どもが小さい時は バッタを捕まえて遊んでいました その当時
こんなに沢山はいませんでしたし 草花や花木が荒らされることもな
く バッタを捕まえるのもやっとでした でも今は 庭に出ると手で
ヒョイッといっぱい捕まえられます 時々 ビニールの袋を持って
つかみ取りします アッという間に数十匹は獲れます
おお〜なんとかなれよ・・・・・なんとかしてくれよ〜 と叫ぶのみ
小さなマイガーデン哀れさが漂って 哀しい庭になっています
バッタに占領されつつある庭 どこかの国のようにド〜カンと大砲
否 ミサイルを落としたい気分です ミサイルとは大げさですが・・
とにかく哀しき状況・・・でもアーモンドや林檎が実っています
それに救われているのかな・・・・・
早く秋がこないかな〜 と待ち望んでいます