映画鑑賞

 久し振りに映画を鑑賞
浅田次郎原作を映画化した作品
かなりのよき評判を耳にし
おまけに中井貴一主演とあって
映画館へ・・・・・
幕末の安政7年 主君 井伊直
弼の御駕籠回り近習役として
仕えていた彦根藩士の志村金吾
桜田門外で目の前で井伊の殺害
を 主君を守ることも出来ずに
許してしまう
切腹も許されず 仇討ちを命じ
られた金吾は 時代が 明治に
移り変わってもなお 井伊を
殺害した刺客を 探し続ける
そして刺客佐藤十兵衛を見つけ
出すが 皮肉にも その日 明
治政府が仇討ち禁止令を発する
そして・・・仇討ちは 雪の降りしきる柘榴坂で・・・しかし・・・
時代劇にある派手な殺陣も ストーリーの盛り上がりもない
桜田門外の変をきっかけに それぞれの想いを背負って静かに生きて
ゆく二人の男
そこに流れるそれぞれ想いをのせて一人は身を隠すように もう一人
は復讐を果たすことだけを心の支えに 二人の日々の生活が 淡々と
描かれている
最後のシーンが とても情感が溢れ 人間愛に満ちて 心あたたまる
いい場面でした 思わず涙をこぼしました
人間 生きることです 生きねばならぬのです
生を受けた以上は ここまでと神がテープを切られまでは・・・・・
生きることです

映画館は 昔と違って小屋に観に行く感じではなく また単独の映画
館があるわけでなく ビルの階上に しかもひとつだけではなく ひ
とつのフロアにいくつもの劇場が集まって また 昔は好きな映画で
あれば 一度入場すれば 何回も繰り返し見る事が出来ましたが 今
は 全て入れ替え制 映画館も変わりましたね 
ノースゲイトビルの11階へ そこには 風の広場があり ちょっと
そこにでてみると 大阪の街が一望でき 樹木が植えられ 花も木の
根元にそえられ ベンチも置かれて・・ひと休みするにはもってこい
もう早いですね ハーロインの飾り付けがなされて・・・・・
さすが11階だけあってなんの覆いも無いので 風が強く 思わず
寒いと 言う言葉が飛び出しました
一日ゆっくりした時間を過ごすことができて 家路には もう日が
とっぷりと暮れて ああ〜真夏であれば まだ太陽がギラギラしてい
る時間なのに 日が過ぎ行くのが早いことと 気持ち急いで帰り着き
まさに秋の日のつるべ落としです
ポスターの写真 ネットから 拝借しました

稔りの秋が・・・・・

秋 稔る 秋深まりつつある
金木犀の薫りが さわやかな風にのって漂ってきます
あちこちで咲き始めた様子 やがて金の星屑を足下に積み上げた頃に
銀木犀が・・・・・ひっそりと 咲き始めることでしょう
我が家の銀木犀 今年は咲いてくれるかな
毎年咲くのに 昨年は ストライキを起こしてそっぽを向いたままで
した 今年はご機嫌を直してくれるといいのですが・・・・・
このベリー クランベリーも つい先日まで 青い実でした
それが朝夕の気温が下がるに従って 紅くお化粧をし始めています
慌てているのかまだむらがでています 真っ赤になるにはまだ少し先
のようです
酸味が強く そのままではとても酸っぱく食べられません
お菓子やジャムジュースににしていただきます
そもそもこのベリーは 湿地や沼地に生育する植物ですから 極端に
乾燥を嫌います 水切れするとすぐに枯れてしまいます
クランベリー コケモモ属です コケモモの仲間 コケモモと言えば
お話の本に 子ども絵本などのよく登場します
紅い実だけみているととても愛らしく 木としては背もあまり高くな
らず と言って地植えは難しそう 暑さを嫌うようですし 乾燥もだ
め 樹木の間などに植えると良いとか 我が家では この小さな鉢で
花はともかく紅い実を楽しみにしています 雰囲気がいいですもの
クリスマスの頃の果実としても 絵本などにはよく載っていますね

土曜日から新聞紙上やニュースを賑わせている 御嶽山の噴火
すごいですし 恐ろしいこと 驚きです
かって若かりし頃 この山 御嶽山には 2回 登りました
暑い夏の盛りの時と 紅葉の美しい時に・・・・・
それはみごとな紅葉です
駅を降りてバスにも何も乗らず ただひたすら歩いて開田高原へ
開田村へ そこまでは 農家の庭を横切ったり 森林鉄道をまたぎ
ながら うっそうたる森林の中 歩く 私達グループだけが歩いて
いました
道なき道も歩いたと思います 地図を片手に リュックを背負い
首にタオルかけて はあ〜はあ〜息を弾ませてひたすら歩きました
視界が開けると御嶽山が 左手に見え 明日はあの山に登るんだと
気持ちを奮い立たせ とにかく一日歩かねば 開田高原にたどり着か
ないのですから・・・・・すごく雄大な山 でかい山だなあ〜と感心
したのを覚えています
ひなびた宿で宿泊 一軒しかない宿 そして次の朝 早くに御嶽山の
頂を目指して・・・・・誰も登っていません
あまり開田高原口は 利用されないようなので でも 汗を拭き拭き
登っていると 小鳥の鳴き声が耳に響き たわわに茂るみどりの枝葉
風が木々の間を通り みどりの木の葉が ささやきながら歌をうたう
まるで美しい音楽を聴くかのように 森に響きわたりゆく
気持ちのよい時 まさに森林浴でしょう その当時 そんな言葉は
使いませんでしたが・・・・・・
そして時々 キツツキの木をつつく音が コ〜ンコ〜ンと 山に響き
渡る 秋の高原も御嶽山も美しかった 頂上は石というか岩がごろご
ろして 歩きにくかった
懐かしい山なのに 今の惨状 自然現象と言え 大変なこと
自然を侮るなかれと言いますが 突然の噴火 前兆はなかったので
しょうか どうか全ての人をお守りください
ただ神に祈ります 力をかしてください 救助活動されている方達を
お守りください
とてもいい思い出を持っているだけに辛い出来事です
早く 終息して 救助活動が滞りなく出来ますように 祈ります

秋の味 柘榴を・・・・

日曜日の午後 ちょっと覗いてみたいお店があり 訪ねてみました
駅から歩いて約10分とのこと 地図を片手に歩きだしたものの
道が幾筋もあり どの方向へ歩めばいよいのか検討もつかず
秋の陽射しが強く 暑い 訪ねて訪ねて やっと見つけたお店
大阪の中崎町まで 地理がよく飲み込めていないだけに かなりの
時間を要し 汗は噴き出て 久し振りに夏感覚を味わい・・・・・
道順が解りさえすれば 10分程度で歩けるのでしょうが 3倍も
4倍もの時間がかか足は痛くなって ついに帰りは地下鉄に
たった一区間乗るだけだが ああ〜楽 らくちん と足を労り
大変な日でした 収穫はありましたが 家に帰って万歩計は1万
2千歩近く歩いたことに 最も朝からですが・・・・・
暑さに参りました 余計に疲れも酷かったようで・・・・・
その陽射しの強い中 お昼時 柘榴をいただきました
教会のお隣の家の方から 
すごく立派な木で 随分と大きく育ち 今までみた柘榴の木でこの
ように大きいな木は 初めてと言うほど 木のてっぺんがどこ?
下から見上げたのでは解りません 少し離れてみて初め解る始末
ええッ〜 屋根を越えている 2階より高い わあ〜もぎとるのが
大変 脚立に乗って ご主人が奮闘 木が大きく枝葉の広がりもす
ごいだけに実も鈴なりにみごと 通る人たちにいりませんかと・・・
にこやかな笑顔で声かけをしていらした
私達も もらってくださいとのお言葉に甘えていただいた柘榴
丁度 教会では 昼食にうどんが 希望者に提供されていたので 
その食卓に柘榴が・・・・・懐かしそうに また美味しく 秋を
堪能して味わいました
柘榴なんて言うとなにか酸っぱい食感を感じますが とても甘くなか
なかの美味
私も少しいただいて 酸いのを覚悟で口に入れてみましたが 甘い
味が口の中で広がり 子どもの頃 庭の柘榴を頬張ったのを懐かしく
思い出しました
充分におやつが行き渡らない時代は 柘榴もおやつのひとつで かな
り多くの家に 柘榴の木があったように記憶されています
食料が 充分行き渡り初め おやつも色々で始めると いつのまにか
柘榴は 隅に追いやられたようで あまり口にしなくなりました
けれど 最近では体にいいと言うことでサプリとして登場 重宝され
ているようですね
古代から 王冠を抱く果実として 権威の象徴になったそうです
実に残る「帽子状」のガクの部分が 冠ににているから王冠抱く果物
として ソロモン王の宮殿の柱頭には柘榴がデザインされているとか
面白い形 このフォルムの美しさ スタイルに味わいがありちょっと
心ひかれますね
豊穣のシンボルですって 果実は不規則に裂け 種子が多いことから
アジアでは子孫繁栄 豊穣のシンボルとなり 古くから薬効がありと
されてきた
思いがけない秋を味わい 晴れ割った青い空に 紅い実が印象的で
これでまた一歩 秋を・・・・・・

可愛い素敵なプレゼント

暑いこと! また夏がやって来たの?
でも湿気がないからさほど気にならない 空も高く 木々に彩りも
見え隠れして・・・・・
素敵なプレゼントをいただきました
この間の日曜日 一週間ぶりの対面 日曜日に出会う小さな友
あと二ヶ月もしたら3歳になる女の子 大切な友達
うまれた次の日に初対面 それ以来の可愛い友
貝拾いに行くの 貝が拾いたいの との希望で 家族で休日を利用
して淡路島へ・・・・・
「貝拾いに行くの?」
「うん」
「カカリーナさん ・・・・さんの分も拾ってきてくれる?」
「うん 拾ってくるよ」
その約束通り 拾ってきてくれました 
砂浜を歩きながら「・・・・さんの貝も拾わなくちゃ」とつぶやきな
がら拾ってくれたそうです
私のことを 彼女のおばあちゃんより年老いていますが ばあちゃん
と言わないで名前で呼んでくれます ・・・・さんと・・・・・・
可愛らしい空き缶に 詰めて ハイッと手渡してくれました
にこっ〜っと笑いながら しかも恥ずかしそうに・・・・・
彼女の名前は カタカナで書きましたが ニックネームです
純粋な日本人です
いろんな表情した貝 どれも味があってひとつとして同じ表情の貝は
ありません きっと お母さんの配慮で 選んでくださったのでは
その心遣いが嬉しく 喜んでいます
どうしようかな? どこに飾ろうか お魚のいる水槽に・・・・いや
やはりどこかに置きたい 目につくところに とても愛らしいから
お昼近くにいただきました もう午後は嬉しく 何回も缶の蓋を開け
ては眺めています
海の声が 潮騒のささやきが 聞こえてくるようです
眺めていると いろんなことが思い浮かび また発想されてああ〜と
夢というか 想像の世界が広がってゆきます
ひととき 夢の世界で 想像の翼を広げて 戯れて・・・・・
お母さんの心遣いに感謝とともに カカリーナさん ありがとう!
明日は その小さな友に会えます
またあしたねと別れてきましたから・・・・・
人と人との繋がり いいものです
心豊かにしてくれます たとへ それが小さな友であっても・・・・
大切です 大事にしたいと思っています
そしてその友の健やかな成長を 心から願って・・・・

正式な名前がわかりました

陽射しは強いけれど いよいよ秋深まりつつあると・・・・・
気持ちのよい風に乗って どこからともなく甘い香りが・・・・・
ああ〜秋だ〜 金木犀の匂い 甘い香りが 道行く人を包み込む
ように漂って・・・そして今朝は 独特の鳴き声を放つヒヨドリの
鳴き声が耳に響いて・・・・・懐かしい なんと懐かしい
ああ〜季節が確実に巡り来ている
愛しい人に 再会するような 懐かしさとも 喜びともいいきれぬ
なんともいえな気持ちが 心に広がりゆく
長い間名前が 正式な名前が わからず存在した花の名前がやっと
解りました
苗をいただいた時は 「スミダノ花」として でもその時から ?
首を傾げていました その時のことは 2112/08/23のブログに記し
ています
アジサイでスミダノ花(花火)の存在を知っていただけに 同じよ
うな名前の花が と不思議で 調べても紫陽花の花で登場します
生命力が強く毎年 元気に育っています そして今年も夏のはじめ
頃から花をつけだし 毎日咲き続けています
花は残念ながら一日花 3時を過ぎるともう閉じてしまいます
名前はなんだろと気にかかり あちこち紐解いて やっと判明
ああ〜これだ この花だと 行き着きました
ヤナギバルイラソウ(柳葉ルイラ草) 覚えにくいややこしい名前
ですね なんでスミダの花になったのでしょう
メキシコ原産 半耐寒性常緑低木 花期は春から秋まで
暖かいところを好むそうで 沖縄の花図鑑には載っているようです
沖縄では珍しくない花なのでしょう
ちょっと変わった花で 花びらをよく見ると 和紙を揉んだような
不思議な波があり 間近でみると何だか不思議に感じます
葉が細長く長いのになると15cmほどもあり先端は尖っています
柳のような葉をつけたルイラ草 と言うことです
花言葉は 愛らしい 正直 魅惑

やっと名前がわかり この花 なあ〜にと聞かれても 堂々と答えら
れます
どんな花にもどんな物にも必ず名前が在るはずですもの
だから誰かがスミダノ花と言ったのもそれはそれで通ったのでしょう
でも花は それを耳にして 私の名前は違いますと叫んでいたかも
正式名が解りホッとしているのでは・・・・・
今年は手入れが行き届いたのか 肥料がよかったのか 随分立派に
成長して ちょっとこちらは困っています
何しろいただいた時が小さかったので こんなに大きく育つとは思い
もせず 花壇の前面に植えました おかげで 後の花 花壇の奥の花
が隠れてしまって 花が終わってから 住処の転居をさせようと思っ
ています とにかくホッとひと息です

この実はなに〜?

昨夜の雨の降りよう すごいと・・・外へ出ていないのでどの程度か
浴室では いつもと違って 配水管を流れる水の音が 気味が悪い
ほど けたたましく響いて 大丈夫かと恐怖心が湧きました
普通の雨降りでは聞こえないので 余計に気にかかり と言うことは
それだけ激しいというか 強い雨が 降りしきっていたのでしょう
ちょっと仕事をしていたため 入浴が日付が変わってからでした
その頃が一番激しかったのかも でも朝目覚めてみれば 陽ざしが
目映いほど照りつけ 何もなかった様子にホッと・・・・・・

この木 なんの木? と歌いたくなりますが・・・・・
ご存知の方 教えてください
なにも植えていないプランター 家の横の通路に放置したまま
草が時々生えていますので抜き取ってはいましたが そこにある年
木の芽がでて 気が付いた時は かなり育っていました
なんの木かなと思いながら 草ではないからと そのまま放置 それ
がいつのまにか ぐんぐん育って 裏庭への通路 通る度に 茂って
きた枝が邪魔になり 横にはみだしている枝はばっさりと切り落とし
ましたが 全部 切るのは偲びがたく 秋が深まれば庭師が枝葉の剪
定に来るのだから その時 訪ねてみて 雑木だったら始末して・・
なんて思いながら 通る度 邪魔ねえ〜 いったいあなたはどこから
来たの? 鳥さんに運ばれてきたの? と問いかけていました
それが 三日ほど前 なんの木でしょうねとしげしげ見ると なんと
青い実が ひとつ・・・・・ええ〜っ 実がなると言うことは花も
咲いたの 驚きました
そして今日 ふたたび 覗いて見ると 実が色づいています
ますます驚きです もっと色が増すのでしょうか
いったい なんの木でしょう
クロモジでしょうか 葉がよく似ています
この実を鳥が食べて 種子を落としていったのでしょうか
落ちた先が 偶然にもプランターだったと言うことなのでしょうね
陽当たりも十分ではなく 肥料もなにもない中でよくも育ったもの
生命力の強さでしょうか すごいよね
ちゃんと実を稔らせて 子孫繁栄を願う その為に懸命に生きてきた
のでしょう
過酷な条件の中でここまで来るにはかなりの年月がたってます
さあ〜 これからのこの木の命は どうなるのでしょう
どうしましょう
プランターのままでは可哀想ですし と言って庭木に・・・???
考えてしまいます まずは名前です
名前がわからなければ 身の振り方も決められないのでは・・・・?

草花たちのよみがえり

今宵の月は いかにと空を見上げても月はなし
お天気が悪いからと 今夜半から雨模様 しかも大雨の予想
だから月は雲隠れかと 思いきや ひょっと先日来 月の光が弱い
ことを 思いおこしムーンカレンダーをみれば なんと今宵は新月
天気が悪かろうが 雲ひとつ浮かばぬ夜空でも 月は見えぬはず
新月だったとは・・・・・1日目の月 新月
昼間は 台風の影響でしょうか 湿度が幾分高く なんとなく暑さ
を感じるものの 真夏のような暑さではなく むしろ朝夕が涼しい
こともあって気持ちがよい
庭の花たちも 暑さから解放されて ホッと息次いでいるのでは
今までなんとなく 生き生きさが足りないように見え くたびれた
暑いよ〜と言う声が聞こえていましたが このところ気候の変化に
反応して 元気を取り戻しているようで 花たちが溌剌としてきた
ようです
夏の間 花を咲かすこともなく じ〜と耐えていたインパチェンス
最近 元気さを取り戻したようで 花を咲かせ始めました
眠りから覚めて ああ〜 と手足を伸ばして寒くなるまで 冷たい風
が吹き始めるまで 頑張りましょう と立ち上がったようで・・・・
その復活振りに 喜びで迎えています
過酷な日々を 耐え偲んで復活する 改めて命をいただく なんだか
こちらも元気になります
そう〜こちらも負けないで頑張らなければ・・・・・そんな心にして
くれます
庭に降り立つと 涼しくなったとはいえ まだ 憎き蚊がぶんぶん
飛び回っていますが どの花や木々を眺めても 何だか活気づいてい
る様子が手に取るように感じられ 心わきたってきます
明日は 雨の様子 雨も必要だけれど ほどほどにして過ぎ行きます
ように
農作物に 人間たちに そして動植物に 恵みの雨でありますように
心から願います

秋分の日

陽射しはかなり強い けれど穏やかな一日 
秋分の日 お彼岸の真っ最中 休日 皆さん 郊外へ 野外へと
足を向けられているのか 街の中は意外と静かで人の行き交いも静か
お墓参りに行かれた方も多かったのかも・・・・・
秋分の日 昼と夜の長さが ぴったりと一緒 明日からは日が短く
夜がその分 長くなり 秋が深まってゆく
彼岸というと仏教の言葉で 先祖供養の日とされていますが 日本で
は古くから農事としての意味合いが 秋分の日にこめられている と
聞いている 豊作を祝い 感謝を捧げ 田の神を祀る儀式がこの頃に
行われる
都会育ちだったので その行事がどの様に行われているのか 行われ
ていたのか よくはわかりません
古来から自然の法則を守り 大事に見詰めながら生活を営んできた
昔の人はえらかったと言いたいですね

お彼岸の頃に咲く彼岸花 曼珠沙華 華やかに咲き始めました
お彼岸にはいった時は まだ固い蕾でしたのに 秋分の日をめがけた
ようにぱっと花開きました
ご近所の垣根の彼岸花も同じように咲き 秋風にゆらりゆらり揺れて
ああ〜秋なんだと実感させてくれます
日本の秋を強烈に印象づけてくれる彼岸花 日本独特の花と思われそ
うですが 原産地は中国 球根に毒性があるので田の畦や土手に多く
植えられているのは 畑を荒らす野ねずみなどを防ぐためだそうです
何はともあれ 季節感の印象が深い花ですね
曼珠沙華 おお〜彼岸だ 秋だ 里山の土手やあぜ道を思い起こしま
すもの
空に向かうように雌しべ 雄しべを広げる彼岸花 天に咲く赤い花を
意味して曼珠沙華と 
毒があるものの その根を水に晒して毒抜きすれば 飢饉の非常食に
これからは 空は高く いろんな雲が・・・・・
鱗雲 鰯雲 鯖雲といろんな雲が姿を見せてくれますね
ちょっと楽しみ でも お魚の雲ばかり 食欲の秋ですね
天高くなんとかですから・・・・・
空も 木々にも 農作物にも秋が そして 稔りの秋も
すべてに わくわくしてきますね

秋色バージョン

昼間の気温は30度近くあった様子 それほど暑く感じることもなく
外に出れば気持ちがよい 湿気がないからか これが夏であれば暑く
感じたことであろうし 汗も滲んだのでは・・・・・
もう9月も終わりですものね
空は高く澄み 入道雲ではなく 秋らしい雲が ふわふわと浮かんで
ゆっくりと旅をしているかのよう
地上の細々とした混雑振りを眺めながら なんて地球人はせわしなく
動き廻っているのだろう と話し合いなっているのかも・・・

この月のはじめ 花のレッスンで活けた花が 命果てて終わりを告げ
ましたが アナベルだけはドライにしたいと願って 捨て去らず大切
にしていましたところ みごとに秋色バージョンに・・・・・
庭のアナベルもまだ 花がしっかりと残って変化しつつありますが
これは 一段と早く変化したようで・・・・・・それとももっと変わ
りゆくのでしょうか
玄関に飾る花がなく 観葉植物でも置いて見ようかと・・・庭の花は
今 切り花にする適当な花もないなか これ幸いと・・・・・
もう枯れることもありません 色の変化はどうか解りませんが 次の
レッスンまで このまま 玄関の見張り番になってもらいます
ちょっとした工夫 アイデアで 生活に変化が生まれて楽しいですね
いつもいつも同じでは 面白くないものね それともここは これと
決めた方がいいのでしょうか
他人様の目につくところ 家族みんなが目にするところは 変化が
あってこそ 生活が楽しめ そして季節も味わえるのでは・・・・・
今は座敷に床の間がある家が少なくなりましたが 床の間の掛け軸は
季節ごとに掛け替えていました
私の父は理系の人間であるけれど お茶とお花は師範の免許を持って
いました 座敷に そのしるしとして立派に額がかけてありました
文字と絵が描かれて 表装をきちんとした額が これが証拠だと・・
中学生の頃 お花の稽古に行き 帰ってきて床の間に活けましたが
よく父に叱られて こうするのだと活け直したり 注意してくれたこ
とを思い出します
その床の間にかける掛け軸は 季節 或いはなにかの行事がある時に
それにふさわしい掛け軸がかけられました その役目は 母ではなく
父の役目でした そうして生活を楽しみ 季節を感じ 心に豊かさを
偲ばせて暮らしたのでしょうね
普通の家ではよく見られた風景だったと思いますが 今は何処かにゆ
きしかな 勿論 古来の家ではなさっていると思います
新しい家の造りでは消えつつあるのでは・・・・・そのかわり玄関先
でも 工夫して味わいたいですね

すみれの花が・・・・・

雲がゆったり流れて 空は青く澄み 陽射しは 幾分強いけれど
爽やかな日曜日
アッという間にやって来る一週間 この間の日曜日は つい ほんの
ついきのうだっけ いやおとといだったっけと 思わせるほど早い
一週間 もう7日も過ぎている
何をして暮らしたのだろう
月曜日はあれをしてこうして 火曜日は発熱して そして水曜日は
何をしたんだっけ 思い出すのが一苦労なほど日が過ぎ行くのが早い
こんな事をしていたら もうすぐ冬 クリスマス 何だかあっという
間に押し寄せてくる気がする 用心ようじん 心して暮らさねば・・

日曜日 神さまのお招きを受けて礼拝に・・・・・
足を運んで 神さまに対峙して こころに染みこんでくる言葉を聞く
その恵みに包まれて 幸せそのもの
豊かな一日が暮れゆきます
招かれて足を運ぶことが 出来る恵みに 深く感謝して

何も植わっていない鉢 しかも庭の片隅に放置したままの鉢
いつのまにか芽が出て 何かなと思っているうちに花が しかも
たったの一輪 すみれの花が・・・・・
すみれ 春の花では・・・?今頃 咲くの?
まともなの? それとも狂い咲き?
でも愛らしいでしょう 葉だけはいつのまにか大きく育って・・・
本来は 早春に咲き始めるはずなのに・・・・・
冷たい冬が溶け始める頃 我が家ではこの手のすみれが あちらこち
らで咲きます 多分この鉢に 種が旅をしてきて お宿にしたのでは
可愛いから 一輪だけどこのままそ〜ッと見まもることにします
冷たい北風が吹き始めたらどうなるのでしょう
同じ花でも 花は花なりの 生きる道があるのでしょう
このままで終わるのか 蕾が生まれて咲き続けるのか・・・・・
さてはてお楽しみにします